両国寄席7 その4(三遊亭兼好「大山詣り」)

三遊亭兼好「大山詣り」

狭いお江戸両国亭、超満員。お待ちかねの主任、兼好師。
昨年暮れにも、平日に兼好師の芝居に来たが、こんなに混んではいなかった。

兼好師、「さんげさんげ」の出囃子で登場。唄入り。
この出囃子は、江戸時代、講を組んで大山詣りをする際に使ったものなんですと。へえ、知らなんだ。
なるほど、「六根清浄」の前に来るフレーズが、「懺悔懺悔」か。
大山詣りの前は、ここ両国でもって大川の水に浸かり身を清めたが、その際に唱えるのがさんげさんげだったのだと。
もっとも、そんなに真剣にやってたわけじゃないだろうと。

大ネタの大山詣り、TVの落語も含めて、聴くのはいつ以来か。
いい噺に当たった。
出発前の、今年は熊さんは留守番してくれというくだりはカットして、明日はいよいよ江戸だというお宿のシーンから。
それまではぐっと我慢していた喧嘩上等の熊さん。最終日についに酔っぱらって、風呂場で仲間に喧嘩を仕掛け、坊主にされてしまう。
坊主にされた熊さん、長屋のカミさん相手に復讐をして留飲を下げる。

それにしても圧巻の一席。
すべてが上手いので、どこかどうというのが難しいぐらい。
言葉のリズム、ちょっとした表情、一瞬の間、カミソリの使い方(楽しそう)、熊さんが手を頭に当てようやく坊主に気づく場面など、そのすべてがすばらしい。
兼好師を聴いたことのある人なら、わかりますよね。
一見スタンダードっぽい噺の中に、決して他人のやらない技法が詰まっている。
こりゃ、超満員になるわ。

しかも、熊さんを乗せた駕籠が一同を追い抜く際、「バカ」と小声が聞こえたとか、そんなクスグリも豊富に詰まっている。
先回りした熊さんが、長屋のかみさん連中に嘘を話す際の、その嘘のリアリティがこの噺の核心。
客は最初から嘘だとわかっているのだから、熊さんのホラだと思って聴いたって別にいいのである。
だが、その迫真の語りにより、ありもしない、突風によって熊さん以外みな水に沈んでしまった、あり得ないストーリーが脳裏に染み込んでくる。
つまり客は、長屋のかみさんたちと気持ちがシンクロしてしまうのだ。
もともと私は兼好師のことを、騙しのプロフェッショナルだと思っている。
おかみさんたちを騙すのと一緒に、兼好師の熊さん、客まで一緒に騙してしまう。

だからといって、完全に客がかみさんたちに同調しちゃいけない。
あまりにもかみさんに肩入れすると、「人の生き死にのことで嘘をつくなんて許せない。熊さんはひどい男」という感想になってしまう。
これでは、嘘噺を楽しめない。この点、非常にバランスのいい兼好師の演出。
かみさん連中の嘆きも、熊さんのしてやったりも、男連中の腹立ちも、その三者三様のすべてが、聴き手の腑に落ちる。
そういう世界の中では、サゲはとても気持ちがよく響く。

今回もまた、大満足の両国でした。
兼好師は、喬太郎、歌武蔵の両師とやっている「落語教育委員会」を初め、無数の落語会からお呼びが掛かる、円楽党随一の人気者。
だが、そんな人気者を両国で聴くのもいい気分。
両国橋を渡り、さんげさんげに思いを馳せながら帰途についた。

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作成者: でっち定吉

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