昨日取り上げたのが、神戸新開地喜楽館の配信。
また新しいプログラムが配信されたので、今朝になって視聴した。
…ガッカリ。
普段「なみはや亭」や「ラジ関寄席」で聴く上方落語は選りすぐられたものだということが、改めてよくわかる。昨日取り上げた梅團治師は、ちゃんとそちらに乗る人。
今回の配信は、そういったラジオで放送されることがない人たち。
東京にいると知れない上方落語界の暗部を覗いたという点では、ある種収穫だったかもしれない。
といいつつ、実はちゃんと全部聴いてない。
生放送じゃないので、ツカミで相性が悪いなと思ったら飛ばしてしまうから。
トリの師匠は陰々鬱々たる高座であり、マクラでもって聴く気をなくした。
陰気な高座なのに、客の少ない席のマクラである。どんなセンスだ。
最後まで聴けばあるいは取り返せるのかもしれないけども。たぶんそれはないと思う。
うーん、喜楽館の配信、このままだと6月の無料期間でやめてしまいそうな気がする。
この配信がよければ、radikoプレミアムだって金払ってるのだから、いったん退会してもいいかななんて思っていたが。
チャンスはあと3回あるけども。
というわけで、早速産経らくごに入会した次第。
1か月1,100円。クーポンコードを探してみたが、なかった。
これで明日の、神田連雀亭昼席も生放送で観られる。
(生放送じゃありませんでした。収録は6日ですが、視聴は13日です)
産経らくごのアーカイブに、今日のタイトル、柳家喬太郎師の「肥辰一代記」があったのだ。
これを聴くためにカネ出してもいいなと思って。期待して。
肥辰一代記はうんこの噺。三遊亭円丈作。
池袋で一度、天どん師から聴いていたく感銘を受けた。
代々続く老舗おわい屋の噺であり、うんこが連発される。
円丈によると、客席にイヤな顔をしてる人が絶対にひとりはいるので、やる意欲を削がれるらしい。
私はこんな噺大好きなのだが、でもイヤな人の気持ちもよくわかる。私も古典落語の家見舞、嫌いだもの。
肥辰ならいいのは、ナンセンスの極みだからだ。うんこが生々しくなくて、実に馬鹿らしい。
最新の動画かと思ったら、マクラで喬太郎師が東京オリンピックの閉会式を振っている。
ああ、あの頃私も銀座ブロッサムで聴いたっけ。
SNSに上げないでねなんて言ってたのを、上げてしまったが、なんてことはない。配信で喋っている喬太郎師。
あまり演者の言うことは信用しないほうがいい。
しかし、当時実に楽しんだ「必殺仕事人がバッハを叩っ斬る」マクラ、3年経って聴くと気が抜けている。
単に時間が経ったせいか? それともあの頃の変な空気に、現在視点から違和感を覚えるせいか?
それとも、単にこの日の喬太郎師が不調だったのか?
すべてかもしれない。
ちなみにブロッサムで聴いた「芝カマ」はすばらしいものだった。
再度この、芝浜の改作であり、原典を軽く凌駕する人情噺にめぐり合えるかわからないが。
喬太郎師は、しばしば噺の世界から自由に抜け出すことで、全体をメタ構造にしてしまう達人。
登場人物に演者自身のセリフを喋らせるなんてこともしょっちゅう。
だが、偉大なるうんこの噺、肥辰一代記でこれをやるのは違うのでは。
客が、「なんでうんこの噺なんか聴かされなきゃいけないんだ」と我に返るのではなかろうか。
そう、ちっともいいデキではなかった。
これだけ外す喬太郎師もそうそう見ない。
円丈師が、架空のおわい屋の噺、おわい屋の修業の噺を堂々語りきるからこそ面白かったのだろう。
「ぺたりこん」「わからない」「稲葉さんの大冒険」など円丈落語をパワーアップさせてきた喬太郎師、肥辰だけはモノにできなかったのか?
いや、この配信だけのことだといいのだけど。
もっとわからないのは、これを産経らくごの目玉にしようとしたスタッフ。
まあ、私みたいに騙された人が出ましたがね。
でもいろいろ聴けるので、しばらくはここからブログのネタを作ると思います。
産経らくごは入会日から1か月という珍しいサブスク。月のうち、いつ入っても1か月間有効です。
(2024/6/7追記)
もう1回聴いてみたら、別に悪い高座じゃなかったです。
メタ感は確かに強いが、再度聴くと喬太郎師がいかに懇切丁寧にうんこを生々しくしないか、それを感じた次第。
アーカイブは投票で選んだということで、みなさんこれが気に入ったのでしょう。
すみませんでした。