桃月庵白酒「粗忽長屋」(産経らくご配信)

このところネタが豊富であったが、配信に戻ります。
産経らくご、柳家喬太郎師の「肥辰一代記」再度聴いたらちっとも悪くなかった。
因縁を付けてしまいました。申しわけありません。
なんで最初「喬太郎落語としては例外的にダメな一席」ぐらいまでの低評価だったのか、もはやよくわからない。
あえて言うなら、コロナ集結間近の頃のあの空気が流れ込んできて、違和感が膨れたということだろう。
でも本編には関係ないしな。
メタ感を出して、うんこの噺を和らげようとする喬太郎師に、当初逆のものを感じてしまったのだが。

まあとにかく、動画というものもひとつの立派な落語の空間。
再度聴くと変質していることもある。
私は「現場にしか落語はない」という主張には与していない。

今日は、最初から圧倒された配信について。
桃月庵白酒師の、粗忽長屋。これは大当たり。
マクラによると、菅元首相が退陣を決めたあたりの会。
この楽しい一席に、ずいぶんと考えさせられた。

白酒師は、私にとっては寄席でたまに遭遇する人という位置づけ。
遭遇すれば間違いなく楽しい高座。そして毒舌。
別に避けたことなどないが、もともと遭遇機会は薄めであった。
4月に北とぴあの独演会に出向いたが、師の会に行ったのはかれこれ15年振りぐらいではないだろうか?
今回配信で聴いたこの粗忽長屋は、久々に出向いたそちらの会以上に素晴らしいものだった。
師の粗忽長屋は、どこかで一度聴いている。コロナ禍の頃の配信ではなかったか。
結構衝撃的な結末にしてあるものの、今回その改変には、意外なぐらいなにも感じない。
師があえてそこを強調していないからでもあるが、最大の衝撃はそこじゃなかった。

マクラと本編とを共通して貫く、口の悪さ。これ自体はもう、白酒師の平常運転。
しかし、最近自分自身衝撃の告白をしただけに、一瞬矛盾も感じるのである。
当ブログでも過去繰り返し取り上げ、そして激賞もしていた噺家が、すっかり苦手になってしまったのだった。
だが、毒舌だったら白酒師はさらに上を行く人である。どうしてそちらが問題ないのか?
私は、自分自身の感性に矛盾があると放置しておけないのだ。

口が悪いというのは、当たり前だがいいことばかりではない。
人に対して攻撃的すぎると見られると、やがて確実にマイナスになる。たとえその攻撃が面白くてもだ。
現在の世間の話題。
せっかくのテレビ収録がお蔵になった宮迫を、粗品が完膚なきまでに叩き潰したという。
世間の反応はもう、粗品が面白いか否かには向けられていない。前からそうだったが、いよいよヤバい人だという感想に移りつつある。
そんなのと比べると、白酒師の毒舌は、ストレートに楽しい。「毒舌だが楽しい」ではなく。

考え抜いたらわかってくる。
マクラも本編も、白酒師は決して自分自身を「正しさの標準」の地位には置かない。
ごく普通にはまず、「世界の中心にいるオレ」を設定する。いい悪いではない。
世界の中心から、辺境をいじる。三平叩きなどこれ。
ただし自分が中心にいすぎると傲慢な香りが漂ってくる。それで、「こんなこと言っちゃってるけどオレもね」とやおら自虐を始める。
自虐だって軽々しく手を出すものじゃない。
なので、結果的に大変バランスの悪い高座となる、こともある。これは私が苦手かどうかでなくて、一般論のつもり。

白酒師も若いころは、毒舌を仕掛け過ぎて客席に引かれることたびたびだったというけども。
その後の師を表する際は、「マイルドになった」であろうか。でも本当は、マイルドでもない。
質の問題ではなくて、白酒師の視点に秘訣があるのだと思う。
師は、世界の中心に座を占めることを、実に注意深く避けている。
決して人の上には立たず、下にへりくだりもせず、ふわふわ漂いながら対象との距離感を調整する。

マクラでは楽屋で話していた立川生志師のことを、「談志の弟子で、談春と志らくの弟弟子で三重苦」。
これが面白いのは、まず「三重苦」というワードのチョイスにある。
ごく普通の毒舌なら、「立川流は気の毒」という固定の視点を残し、終わってしまう。だが白酒師は、粗品のごとく相手を叩きのめす発想を持っていない。
面白いのは、一言で表する自分のほうなのだ。

池袋は常識のない噺家が多く住んでるから、白酒師は避けた。
だが、三三さんが近所にいる。
三三さんはわりとまともだと思われてる。小三治師匠の弟子だし。
だが、小三治師だってどうかと思うところはたくさんあるわけで。弟子もまた。
ここで小三治disをぶっ込んでくるセンス。
小三治にももちろん、どうかしてるエピソードは無数にある(あまり出てこないけども)。だが、具体的なエピソードなく「師匠がアレだから弟子もおかしい」という笑いをぶつけてくる。
これもまた、「偉大な小三治を平気でdisる」というのがギャグになる。あくまでも一人称のギャグなのだ。

これが天どん師だと、本気で小三治が嫌いだし恨みに思ってるがゆえに、こんな洗練されたギャグは吐けまい、

粗忽長屋本編に入っても、方法論は同じ。
白酒師はあくまでも粗忽の八っつぁんの立場から、すべてを描く。
八っつぁんの世界の見方が楽しいのである。
八っつぁんはくっきりした造形で、粗忽としての筋も通っている。なので、ツッコミ不要。
多くの演者が、この難しい噺を手に入れるため、町役人を工夫するものだ。
だが白酒師の町役人は、ツッコまない。八っつぁんのボケを浮き立たせる役割を負わないのだ。

最近は、お笑いを観て育った若手が「ボケっぱなし」が上手い。
だが中堅どころでボケっぱなしの技術を有している人は、白酒師と白鳥師ぐらいではないかな。

楽しいクスグリが多く入るが、すべて「粗忽」を深掘りしていった結果のものばかり。
古典落語をリノベーションしているのだからすごい。

白酒師の秘訣の一端がわかったので、これからどんどん聴いていきます。
そして私も、具体的な内容抜きで対象をコスるギャグ、参考にさせていただきます。ちょっと高度過ぎるテクだが。

作成者: でっち定吉

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