神田連雀亭ワンコイン寄席56(下・柳家小はぜ「富士詣り」)

昨日聴いた喜太郎さんの前座転がされマクラ、半分以上フィクションだと思っていたのだが、東京かわら版を探ってみたら該当する会を見つけた。
17日のなかの芸能小劇場、桃之助師の独演会に喜太郎さん出ていた。
そして転がし前座はやはり笑福亭ちづ光さん。

さて神田連雀亭、2番手は目当てで来た人の多いらしい、田辺いちかさん。
先日初めて聴き、色物さんとも共通する芸人らしいユーモアを感じたのだが、その見立てはますます強化された。
そして、ユーモア漂う講談師は意外と少ないと思っている。
お約束として無理にギャグを入れてくるような非生産的なやり方しなくても、いちかさんの講談は終始楽しい。

マクラが楽しいのも芸人としての資質。
呼ばれていった尾張小牧の名物はお城。信長が築き、そしてその後家康が秀吉との決戦に備えていた。
山の上に風雲たけし城のセットみたいなお城があるが、これは城ブームに乗って資料もないまま適当に作った城もどき。
いちかさんの故郷小倉城と同じ。
ただ、山の下に資料館があり、これは立派。
ここで、春風亭昇太師が熱いガイドをしているビデオが流れている。
昇太師は、山上に積み上げた土塁など熱弁するが、なんちゃって天守閣にはほぼ触れない。せいぜい眺めがいいですよぐらい。
小牧では戦国三大武将の読み物はやりにくかった。
愛知県民にはそれぞれ贔屓があるだろうから。その話を今からします。

斎藤との戦いを間近にした信長が家来どもに尋ねる。
槍というものは、長きものと短きもの、どちらが重宝であろうか。
槍の指南番、上島主水が「短きものに限ります」と即答。
ただ、サルの木下藤吉郎だけが異を唱える。いえ、長きものこそ。
足軽たちを長短の槍で戦わせてみようとなる。
サルの主張で準備は3日間。
抽選で割り振られた足軽を、上島はスパルタ教育。
一方サルは、畑仕事もあるのに駆り出されてきた足軽たちに手厚いもてなし。
敵の槍および足軽を捕らえたものには褒賞も約束する。
当日、スパルタ始動でヨレヨレの上島隊を、モチベーションいっぱいの木下隊は戦術を駆使し、あっさり破りさる。

いい講談は教養に満ちているねえ。
長い槍の木下隊、中央の部隊が退却し、追いかけてきた上島隊を左右の部隊が挟み込んで足を払う。
古代ローマ海戦のような戦術。

迫真の語りにギャグなどさしていらぬ。
そういう意味では、先に出た喜太郎さんの古典落語とよく似ている。

トリは柳家小はぜさん。
前回ここ連雀亭で聴いた5月の際も、いちかさんと同じワンコインだった。
マクラを振らずにやるここ連雀亭では、まさに名人。
いや、マクラがまるでダメってことではないが、現状ないときのほうがデキがいい。
弟弟子の小はださんはマクラ面白いけど。

江戸時代の講を組んでいくお山と、先達の説明。
大山詣りも久々に聴きたかったが、もっと頻度少ない富士詣りのようだ。
派手ハデな大山詣りに比べると地味めの噺だが、でも結構好き。
二ツ目さんから聴いたのでは、金原亭馬久さんのものがムズムズしてよかった。
小はぜさんのはムズムズはしないが、でも柳家らしい別の魅力に溢れている。
マヌケ野郎どもの集団劇という。

身を清めておらず、悪さを隠したままお山に来ると山の神が怒る。
これは迷信ではなく、落語の住人はこれを事実として受け入れている。
この前提が成り立つのは古典落語ならではだ。だからといって現代人との断絶もない。

富士詣り、エッセンスを抽出して小ネタとしてもできるが、この小はぜさんのがフルVer.みたい。
偸盗戒(ちゅうとうかい)がふたつ出てくる。湯屋の下駄ドロボウだけでなく、炭ドロボウも。
炭ドロボウは聞いたことあったかな?
小はぜさんは噺を自分で編集して短くすることはあまりしない印象がある。
梶原いろは亭で聴いた「提灯屋」だけは、編集少ない点気になったのだが、それ以外はむしろ長さに味がある。
直接的なウケを狙わないので、ダレ場が怖くないからなのだろう。

ふたつとも重大な犯罪でもないのだが、悪いことをしている自覚は持っている。
そこににわかにかき曇ったお山の恐怖。
右往左往する町人たちのさまが実に楽しい。
先達さんは、多少脅し寄りなんだと思うが。天狗によって杉の木に吊るされた死体の話も、たぶん脅し。
だからといって、全部が迷信だと思ってるわけでもなさそう。

とどめは邪淫戒。
熊さんが湯屋の出口でばったり町内のかみさんと遭遇し、家まで送っていく。亭主が留守だというので図々しく上がり込んで、昼間っからかみさんと酒を酌み交わす。
小はぜさん、これが誰のかみさんなのかという伏線を、いろいろ入れていた。
といっても、邪淫戒というほどひどいことをしたわけではない。せいぜい膝小僧のつねりっこである。
もっとも熊さんのほうは以前から懸想してたかみさんなので、山の神の前では弱み丸出しなのだった。

ここでサゲるものだと思っていたら、先があるのだ。
仲間で山酔いをしたやつが出た。
山にも酔うだろう。五合目だもの。
熊さんのエピソードに、昼間っから五合の酒をやったというくだりがあって、これが仕込みになってる上手いサゲ。
ここまでやるところに小はぜさんの価値がある。

やはり連雀亭の小はぜさんは本当に上手い。
小はぜさん、真打昇進はあと2~3年だろうが、昇進時に11代目柳家小三治を襲名することを私は勝手に期待している。
マクラを磨かないとダメ? そんなルールはありません。

(上)に戻る

 
 

富士詣り収録

作成者: でっち定吉

落語好きのライターです。 ご連絡の際は、ツイッターからメッセージをお願いいたします。 https://twitter.com/detchi_sada 落語関係の仕事もお受けします。

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

粘着、無礼千万、マウント等の投稿はお断りします。メールアドレスは本物で。