林家三平「出征祝」(国策落語)

文化放送「長野智子アップデート」で、戦意高揚落語である「出征祝」が流れたという。
ニュースを見てradikoプレミアムで聴こうと思ったら配信期間が終わっていたが、You Tubeに公式音源があったので聴いてみた。
なお当該メディアでは「出征祝い」と書かれているが、これは「真打ち」と同じようなメディアルールに基づく表記と思うので、送り仮名は抜いている。

「落語 笑えない」で検索すると、1位は当ブログ。
これは戦争とはまったく関係なくて、「落語 つまらない」というすでに存在する検索ワードを拾うため書いたものだ。
落語のつまらなさを確認しようとしてやってくる人を、落語好きが拾い上げているわけで、目的通り。
ともかく、以前からこのワード3位の、林家三平師の「笑えない落語を披露するわけ」は気になってはいた。
そもそも三平師の落語が笑えないじゃないか、と思う向きも多かろう。これは必ずしも笑点ファンだけが持つ感想ではない。
ニュースを何年か前に目にした際、「笑わせる必要のない落語が仕事でできて、幸せなのだろう」とチラッと思った私の感想、突飛なものであろうか。

とりあえず聴いてみた。
確かに、本当に笑えない。驚くぐらい。
こんなつまらないものを作って高座に掛けることを軍部に強いられていたあの時代、なんて悲しいんでしょう。
笑えない噺を後世に伝えて、あの暗い時代が二度とこないようにしなければなりません。この8月に考えてみましょう。
というまとめ。
それはまあいいでしょう。
そもそも禁演落語が指定された時点で、落語の自由さが奪われていたことは確かだ。まあ、私は当時の協会の生き残り策だったと想像しているが。

だが、こんなまとめにも、フィクションが紛れている。
当時の客は、わざわざ木戸銭払ってどうしようもなくつまらない高座を聴きにいったというのか?
そう考えておけば疑問は持たなくて済むだろうけど。

この出征祝、確かに落語としてまずめちゃくちゃだ。
落語以前に、笑い話としてすら成り立っていない。
2番目のシーン、主人公の若旦那が計略で番頭を詰める際にも笑いがない。それどころか、なんの笑いを狙っているのかすらわからない。
本来は、「ケチな番頭をたしなめ、若旦那の出世祝いにもっと金を使わせる」なのだろうが、伝わってこない。
その先、味噌蔵みたいな、なんでも好きなものを食えというあたりになると、狙った面白さぐらいはわかる。
酒飲みの類型化されたキャラ、権助も出てくる。古典落語と地続きの世界だ。

ともかくだ。
面白くない噺家が、朗読として昔の速記を喋って、「ほら、やっぱり面白くないでしょ」はフェアじゃないなと思った。
結論が決まっているから、一切仕事をしないことが正当化される。
こんな仕事だけで、国策落語、戦意高揚落語のつまらなさを強調するのは違うだろう。
戦時中のプロパガンダを批判する仕事が、ある種のプロパガンダに陥っている。

三平師、ラジオの生放送で喋り出していきなり「しばらくの『お』いだ、お付き合いを」だもんな。
笑わせちゃいけない落語を披露して、滑舌の悪さで勝手に笑われるという。

出征祝、二度聴いたのだが、私の頭の片隅で、五街道雲助師が喋り出した。
脳内雲助師に、若旦那と番頭の掛け合いを語ってもらうと、案外面白い。本当です。
面白さの理解はちょっとできる味噌蔵的シーンでも、雲助師だったら、こう。

「ビフテキ、テキはいけないよ。ぜいたくは敵だってなもんだ」
「トンカツ、カツならいいだろう。敵に勝つと言ってな」

セリフを発するだけでクスっとすること請け合い。好きな方ならわかりますよね。
やはり、やり方が違うと思う。
残された戦意高揚落語について、演出に長けた演者が精一杯面白くしようと、絶妙の話芸にしようと試みる。
しかしながら最終的に「やっぱり国策落語だね。素材が根本的につまんねえや」となって初めて、真に国策落語への批判になると思うのだが。
つまらないと共通認識を持たれている噺家が、つまらなく喋るなんて八百長ではなかろうか。

先の戦争は極端な事例ではあるが、それでも一般論としてなら「制約」がお笑いをつまらなくするとは私は思っていない。
制約がどんどんお笑いを高めていく例もざらにあるのだ。
三谷幸喜の「笑の大学」とか。
軍部の、お笑い演劇に対する統制がテーマであり、禁演落語と似ている。
映画だと稲垣吾郎演じる脚本家が、役所広司の無理難題をシナリオに反映させるうち、ますます面白くなっていく。
もちろん、平和な時代にできた脚本であって、戦中に本当にこんなことがあったとは言わないけど。
戦争を批判するのだったら、私はこちらのマインドを選びたい。

作成者: でっち定吉

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