渋谷らくご2(下・立川吉笑「床女坊」究極のパズル落語)

二ツ目なのにトリの立川吉笑さん。
マクラで語ってたが、シブラクで林家彦いち師が「吉笑は真打だ」と言ってくれたので真打扱いらしい。
9月は着物が微妙。本来だと袷(あわせ)がいいが、いかんせん暑い。
今日は落語協会の師匠たちと一緒で、「やっぱり立川流は」とか言われちゃいけないので、袷にする。
だけどみなさん薄物だった。
ちなみにみなさん楽屋では優しいそうで。でも立川流なので人一倍気を遣う。

マクラは例によって、フルスピード。情報量が実に多い。
真打昇進の話。来年6月1日昇進が、すったもんだの末決まった。
志の輔談春志らくの日程を押さえるパーティーの調整が大変だった。
それから大事なのが、高田文夫先生への挨拶。
月曜ビバリーヒルズの出番をひと月前から押さえ、ニッポン放送へ。
その日のゲストは談春。これもまた試練。

師匠談笑ともどもラジオにも出していただき、高田先生への挨拶も済んだ。
やれやれと思い、師匠とともにエレベーターで1階ロビーに降りると、先に帰ったはずの談春師がいる。
昼飯でも食わないかと。
師匠談笑は、「次があるんで」と、ごく気軽に帰ってしまう。
いよいよ試練。真打昇進のお膳立てがすべて済んでから、この人ひとりに全部ひっくり返されるのだと警戒する吉笑さん。
晴の輔師を交えた3人の会食後、談春師がお札を寄越し、「なにもいらないから」と言う。
領収書不要までは間違いなさそうだが、お釣りは返すべきなのか、もらうべきなのか、正解を巡って逡巡する吉笑さん。
ここで正解を出せないと、すべてパーになるかもしれない。
結局、お礼を述べる際に0コンマ何秒かで返ってくる、談春師の反応にすべてを掛けることにする。

やたら面白かったのだが、談春師はとにかく面倒な人だという感想。
吉笑さん自身は、談春師はシャイな人なんだと最大限フォローしている。

さて本編。床女坊という変な演題。
床屋と女と坊主ということだ。
なんでも、渋谷らくご創作大賞受賞作だそうで。

江戸時代の渡し船の噺だから、吉笑さん得意の擬古典落語ということに一応なりそうだが、そんな区分は妥当でない。
新作パズル落語である。パズルを落語にしてしまう、スゴ腕。
インテリが、知能を使うことそのものにエンタメを見つけた。
そして、内容が複雑なので、客が脱落しても不思議はないのである。だがハイスピードで情報量を多く伝えることにより、誰も脱落させないところがさらにスゴい。

渡し船に客がやってくる。
最後チラッと「三途の川の渡し賃は6文と決まってる」と言うので、舞台はあの世なのか?
でも、そんなのなんの関係もない。パズルのための強引な設定だから。
客は、女と、坊さんと、元・床屋。
あんたたち、いったいどんな理由があって一緒に旅をしてるんだと思わず船頭は訊くが、詳細不明。
まあ、誰しもが疑問に思う組み合わせだということが、俎上に載せられればそれでいいのだ。
客が多く、あいにく船が出払っている(渡し船だからどこへも行かないはずだがそういう素朴な疑問をぶつけてはいけない)。
2人乗りの船しかない。なので、おひとりずつお送りすることになると船頭。
だが、そうはいかないのだと女。
元・床屋は目の前に髪の毛があると刈ってしまう癖がある。だから、床屋と私とふたりきりにされると私が丸坊主になってしまうのだ。
それから、坊さんとふたりきりにもなれない。修行を積んだ坊さんなのに、私に気があるので、ふたりきりになると愛の告白をしてしまう。修行の妨げになるので困る。
船頭は考える。よし、こういう場合は「場合分け」を使って整理しよう。

  1. 船頭、女を送る
  2. 船頭、ひとりで戻る
  3. 船頭、床屋を送る
  4. 床屋を対岸に残し、船頭、女を連れて戻ってくる
  5. 船頭、坊主を送る
  6. 船頭、ひとりで戻る
  7. 船頭、女を送る

指を使って、下手から上手に客を運ぶ所作をしながら、やはりハイスピードで説明し切る。
吉笑さんはすごいが、落語というもののキャパの広さもすごいな。

だが、女は続ける。
説明がつたなくて申し訳ないが、実はオオカミと羊も一緒に連れている。
オオカミと羊とが単独で一緒になると、オオカミが羊を食べてしまう。
それからオオカミと坊さんと単独で一緒だと、坊さんはオオカミを殺してしまう(殺生するな)。
実に難しいが、訊くと坊主は船をこげるという。床屋もなんとか。
考えて船頭は正解を出す。

  1. 船頭、オオカミを送る(出発地:女・坊主・羊)
  2. 船頭、ひとりで戻る(対岸:オオカミだけ)
  3. 船頭、床屋を送る(出発地:女・坊主・オオカミ・羊)
  4. 船頭、オオカミを連れて戻ってくる(対岸:床屋だけ)
  5. 坊主が、羊を乗せて船を漕ぎ、対岸へ渡る(出発地:女・オオカミ・羊・船頭)
  6. 坊主が床屋を乗せて戻ってくる(対岸:羊だけ)
  7. 船頭、女を送る(出発地:床屋・坊主・オオカミ)
  8. 船頭、ひとりで戻る(対岸:女・羊)
  9. 船頭、坊主を送る(出発地:床屋・オオカミ)
  10. 船頭、女を乗せて戻ってくる(対岸:坊主・羊)
  11. 船頭、床屋を送る(出発地:女・オオカミ)
  12. 船頭、ひとりで戻る(対岸:坊主・床屋・羊)
  13. 船頭、オオカミを送る(出発地:女)
  14. 船頭、ひとりで戻る(対岸:坊主・床屋・オオカミ・羊)
  15. 船頭、女を送る

あれ、これで大丈夫だと思ったのだけど、床屋が頑張って船を漕ぐ場面が抜けてる。
東京新聞の広瀬和生氏の記事を読んで思い出すと、ここまで解決してから「坊主は1人しか乗れない」という追加条件が新たに加わったのだったろうか。
そして床屋の船も、最初ひとりだったのが動物1頭追加で乗せることになっていた。
いささか中途半端だが、パズルの考察として残しておきます。

さらにもうひとつパズルが。
女は7文持っている。7枚のうち1枚が贋金(軽い)なので、これで支払いたくはない。
たまたま2回だけ量れるはかりももっている。
これはスラスラ解く船頭。
7枚のうち6枚を3枚ずつはかりに載せる。釣り合ったら残った1枚が贋金なのでそれでよし。
釣り合わなかったら、軽い方の3枚のうち2枚を1枚ずつに分けて量り、釣り合えば残った1枚が贋金。
釣り合わなければ軽いほうが贋金。

実に知的レベルの高い噺でありました。興奮して会場を後にした。
真打になったら吉笑さんをどこで聴けばいいのだろうと思っていたが、シブラクがあるね。

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カテゴリー: 日記

作成者: でっち定吉

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