池袋演芸場33 その3(柳家やなぎ「さよならたっくん」)

駒治師の生徒の作文で、私ちょっと反省したことがある。

鈴本演芸場6 その4(中手の作法を考察する)

3年前の記事。
「地下鉄駅名織り込み作文」で拍手が来ないので駒治師が(ギャグだけど)不満を漏らしたことに、それはちょっと違うんじゃないかと書いた。
もともと私は、拍手すればいいと思ってる客が嫌いなのだ。
だが、今回の東横線織り込み作文は、私も手を叩く気満々だった。
違いは何か。冒頭のハプニングから非常に盛り上がっていて、その余韻を引いたネタが拍手で爆発する場面だったからである。
なにが言いたいかというと、「こういうケースはOK」「こういうケースはダメ」なんて拍手の分類しても意味がないということ。
演者の腕により、場内一体化するシーンは必ずあるのだ。

それにしても、前座のときは静かだった席、ここに来てずいぶん盛り上がったなあ。

仲入りは柳家さん遊師。1年半振り。
もともとカチッとしたところもありつつ、お歳を重ねどんどん飄々としていっているようだ。噺家の年輪の重ね方として理想だと思う。
いつものようになんのお構いもできませんがから。
ちりとてちんへ。小燕枝時代に一度聴いた。

ちりとてちんは前の週に、扇遊師の見事な一席を聴いたばかり。
柳家らしく、骨格は一緒。噺の雰囲気はかなり違う。
たださん遊師は、登場人物の名があべこべだ。
愛想がいいのが六さんで、口が悪いのが金さん。なんでもいいけど。
さん遊師らしく、登場人物がすべて外に向かわず、抑揚を持たない。
調子のいい六さんまで、ハネたりしない。
口の悪いほうも、棒読みに近いので人の神経に刺さりはしない。
師匠・先代小さん譲りの芸。
登場人物の行動も発言も穏やかであり、噺の解釈については客が自ら味付けして楽しむ。
ふくらませるシーンが少なく(たとえば鰻は養殖のほうが旨いとか)、シンプルな噺はどんどん先を行く。
なにしろマイナス面がないから、積極的に噺にのめり込むと無限のご褒美がいただける。
ごちそうさまでした(腐ってるけど)。

仲入り休憩後のクイツキは二ツ目抜擢。
来秋真打昇進の柳家やなぎさん。名前はまだ未定みたい。
つい前週、シブラクで大ネタの千両みかんを出していたが、寝てしまった。すまん。
取り返します。

ところで寝落ちする前、病期の理由を語る若旦那に番頭さんが「死んじゃえば?」
と言ってたが、これ喬太郎師の擬宝珠からだよね。
効果のほどはどうだろう?

挨拶は、「変わった名前ですが『かもめはかもめ』と同じアクセントです」。
前回もこうだった。
飛行機搭乗ゲートのマクラ。
オーバーブッキングで、振り替えてもいい旅行者を現金1万円で募集している。
オチは書かないが、私のメモ替わり。

ウケて気持ちよく本編へ。
なんと新作だ。やなぎさんの新作、初遭遇。
駒治師が小噺みたいなものだったから、ここで新作出すのは寄席の1日を考えたとき好プレイ。

東京行の特急で上京する女。
母親が駅まで送ってくれる。クルマをロータリーに置きっぱなしなのでもう行くが、それにしても彼は見送りに来ないのかね?
女は同棲中の彼に愛想が尽きたのだ。
特急が到着し、ひとり乗り込もうとする女。
だが女を呼ぶ声が駅中にとどろき渡る。
たっくん、来てくれたの? え、たっくんじゃない。おじさんだれ?
おじさんはたっくんに頼まれて、女を説得して引き戻してくれと言うためやってきたのだ。

物語が進行するに連れ明らかになるたっくんのクズっ振り。
おじさんの本業は、運転代行。よく酔っ払ったたっくんに頼まれてクルマを運転しているのだが、今回も仕事でやってきた。

彼女の上京を止めるのに、代行マンに依頼するクズ男という設定がナイス。
そして当のたっくんが出てこないというのも見事なつくり。

日常世界を舞台にしていながら、ほんの一箇所、ちょっとだけ日常からはみ出た仕事を入れる。
代行のおじさんと女の修羅場が楽しいので、特急も待ってくれている。
駅のアナウンスも半笑い。

実に楽しい一席。
やなぎさんは古典メインだと思うが、古典よりも楽しい新作。
新作をやり込んでいながら、結果的に古典で花開くこともある。その逆だって。
だから二ツ目はとりあえず新作やったほうがいい。しみじみそう思う。

やなぎさんは来秋披露目だけども、すでに同時昇進のうち3人に行きたいので、ちょっと厳しい。
口上に喬太郎師が並べば盛り上がるだろうが。

続きます。

 
 

作成者: でっち定吉

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