池袋演芸場33 その4(柳家㐂三郎「甲府い」)

ヒザ前は林家しん平師。
漫談を出してトリにつなぐのが極めて達者である。
寄席のもようを詳細に記している私も、この師匠の漫談は覚えられないし、思い出せない。
スリリングでめちゃくちゃ面白いのだけど、見事に消えてしまう高座。高座の流れというものが存在しないので。
死ぬ前になにが食いたいかという話。
お客さんに問うと「もんじゃ」という回答。
もんじゃ? あれは死ぬ前に食うもんじゃないだろう。熱いし。
病院のベッドの横に鉄板持ってきて、剥がしながらなんて食えないだろう。
客の返答からすべて始まってるわけで、さすがの瞬発力。
土手作ったって一箇所穴が開いたらだだ漏れだよ。
それは最後の晩餐かどうかとは関係ないだろうけど。
で、師匠はなにが食べたいかというと、たらこ。
百貨店の物産展で高いたらこをうっかり買ってしまったエピソード入り。

ヒザのダーク広和先生は、中盤からいろいろ変えてくる人だが、今回は今月内幸町ホールの国立演芸場寄席で観たのと一緒でした。
それでもやっぱり面白い。
この舞台の最中、またもB列下手の婆さん軍団が動き出す。
広和先生、行ってらっしゃいとおかえりなさいで丸く収める。

トリは柳家㐂三郎師。初めての主任。
かなりのお客が一斉にVサインを出すのは、なかなか壮観であった。

私は㐂三郎師の長いファンというわけではない。面白い人なのは知っていたが。
7月にフラッとらくごカフェの勉強会に出向いたのが、3年ぶり。そこでトリ情報を知った。
今月は前述の国立でも聴いた。
立て続けなのでなんとなく古いファンであるかのような錯覚を覚える。
今後もらくごカフェの勉強会には行ってみたい。

らくごカフェの記事は、数字はさほど伸びなかった。
でも、今回は寄席だから結構行くと思う。㐂三郎を一度聴いてみようという人が増えれば嬉しい限り。

私はもともと、トリを取るタイプの芸人じゃないんですよと語りだす。
これだけいらしていただいて嬉しい限りです。
おかげさまで初日から3日間の3連休は盛況でした。問題は明日からの平日ですね。
ぜひもう1日ぐらい起こしください。

地下の秘密倶楽部である池袋演芸場は、以前はビルの3階にありまして。
お客がまるで入らなかったそうで。昔は夜席だけでした。
今は綺麗になってますが、私はここで師匠・さん喬に入門志願しました。
師匠の出待ちをして、師匠がエレベーターに乗る際に一緒に入りまして、逃げられないようにしようと。
扉が閉まってから弟子にしてくださいってお願いしましたら、ダメって言われましたけど。
何度か頼んで弟子入りが叶いました。

弟子入りしてから、師匠の噺を大して聴いたことがなかったのがバレて(それどころか落語自体そんなに聴いてなくて)呆れられたというエピソードは語らない。

ひもじさと寒さと恋をくらぶれば、恥ずかしながらひもじさが先。
万金丹にもつながるフレーズだと思うが、ここから甲府いに入る。
今月、左龍師で聴いたばかり。入りは「情けは人のためならず」だった気がするが。これは徂徠豆腐にも行ける。

同じ月に同じ一門のトリネタかと、結構ガッカリした。
だが左龍師のストレートな人情噺とはまるで違い、見事な滑稽噺なのであった。これだけ違えば、むしろ比較しながら聴けるので、十分に楽しんだ。

甲府いの笑いどころは、2か所ぐらいしかない。
善吉を気に入ってるかみさん連中たちが豆腐ばっかり出して亭主に嫌がられているくだり。
それから善吉を婿に取りたい親方の暴走。
やっぱり滑稽噺にはならないだろう。誰もそんな改造はしてこなかった。
だが㐂三郎師、笑いどころを豊富に入れている。驚いた。
驚いたのは、豊富に盛り込んだ笑いどころそのものというより、それだけ笑いを増やしていながら、噺が浮ついていないこと。
これは本当にすごい。こういうことが誰にもできないから、甲府いは人情噺としてじっくり掛けられてきたのだ。
軽々と革命的な改造を施している。

豆腐屋のおかみさんはいい男の善吉が気に入っていて、最初のお昼でいきなり隣に座ろうとする。
ラストシーンも、善吉にとっておじさんなら私にもおじさんだ、とわけわからないこと言ってついていこうとする。
ちょっとクスッとくる程度の展開だが、ふたつ重ねたら威力倍増。でも、さりげないから噺は壊さない。
娘のお花が善吉のことを問われ、畳にのの字を書いてるが、善吉も親方に問われてのの字を書いてる。

笑いどころ以外でも感心した部分が。
おからについ手が伸びる善吉を懲らしめる奉公人の金公。この男は通常とっとと消えてしまう。
この金公、なんと大店からスカウトが来ているのだ。親方としてはせっかくだから出してやりたい、なので善さん働くかい、ということになる。
なるほど、このほうが気分がいい。

実に楽しい一席だが、それでもギャグが語りたいわけではない。「楽しい噺」を楽しく語ることに主眼があるらしい。

柳家㐂三郎恐るべしの一席でした。
さん喬一門は鈴本でトリ取ることが多いから、㐂三郎師も近いうちにあるのではないかな。

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作成者: でっち定吉

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