柳家三三「元犬」

円丈師を聴いた3日の新宿末広亭で、もっとも衝撃を受けた演目、柳家三三師匠の「元犬」について。

「元犬」という噺を寄席で聴いた経験は、前座から、というのがほとんどである。
前座がやらなかったからといって、後の師匠がこれ幸いと出す噺でもない。
願を掛けて人間になった白犬が、奉公に出て騒動になる物語。前座がやってもそこそこウケる、コミュニケーションギャップを題材にしたわりと出来のいい噺。
だが、噺に穴、というか不自然な点がある。

  • サゲを導く「もとはいぬか」というフリだけのために、「おもと」さんという、名前だけ出てくる登場人物がいる。
  • シロの奉公先の主人は「変わり者が好き」である。ということは、この「おもと」さんも必然的に相当変わっている人でなければならないが、そういう描写はない。

人間に変わったシロが、一回廻るとお手をせずにはいられない、というのを効果的な繰り返しギャグに仕立てている工夫など、従来のままのサゲだったとしても三三師の「元犬」、間違いなく面白い。
下駄をくわえてしまうだけでなく、履き方がわからず「前足」である手に嵌めてしまうなど。
「犬が人間になったとしたらどう行動するか」を徹底的に掘り下げたのだろうなあ。三遊亭円丈師が、「マッターホルンにたぬきうどんを届けるにはどうするか」を掘り下げていったであろうことを思い起こさせる。
他にも、「裸足詣りをしまして」のあと「もともと裸足なんですが」とすぐさま被せたりせず、客のじわじわ笑いを待ってからなど、細かい技術もビシビシ伝わってくる。

だが私は最近、「えほん寄席」の新作「元犬」を観たばかりでもあり、上記の噺の穴が大きな疑問として頭の片隅に残っていたのである。
このふたつの穴をまとめて解消したのが柳家三三師の改作。ストーリーの基本は古典落語のそれから離れていないが、サゲ付近の変容の度合は、新作落語といっていい程度のインパクトだった。例えば、「時そば」→「トキそば」のインパクトは軽く超えている。
おもとさんが実際に登場したシーンで、あれ?と思う。
従来の「元犬」にも、「おっかさんは毛並みのいいのと一緒にいなくなっちまいました」というシロのセリフが必ず入っている。これをサゲの伏線に持ってくるとは想像もできなかった。
いろいろ検索で調べてみたが、隅田川馬石師匠から教わって工夫をし、最近できあがった改作のようだ。
それこそ尺から言ってもNHKの「演芸図鑑」あたりで掛かりそうな「元犬」なので、ネタバレまでは遠慮しておきますが。
いずれにせよ、かなり衝撃でした。

この改作、奇をてらったものでも、質の悪いパロディでもない。
古典落語の演目に古くから空いている穴を、噺を徹底的に掘り下げ、落語のスタイルのまま埋めて見せたのである。その結果、従来のものよりはるかに合理的な、納得のいく、そして笑いの多い作品が誕生した。
300年の歴史に打ち勝った改変なのだ。これから、「元犬」を習う若手は全員、このスタイルを覚えたっていい。
古典落語ってそういうものじゃないでしょうか。そうやって、過去の偉人の功績を取り込んで続いてきたから滅びずに現代に引き継がれてきたのだ。
「噺を作る」という作業において、「古典派」「新作派」に根本的な違いはない。

三三師、華々しく売り出してきて、その後若手の台頭に伴い、落ち着いてきてしまったイメージがある。来月、鈴本初席の主任を務める人にはちょっと失礼な評価だけど。
しかし、もともと新作も作れる、才気溢れる人だけに、ここに来て再びブレイクの予感。
早くCDを出して欲しいものだ。

作成者: でっち定吉

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