黒門亭25(中・古今亭菊龍「壺算」)

仲入りとヒザは、生の高座を当ブログで取り上げたことのない師匠。
落語協会の隠れた名手を聴けるのが黒門亭の醍醐味のひとつで、よく来ていた頃は私もそんな師匠がたを楽しみにしていた。
まあ、聴くんじゃなかったという場合も多少あったが。

桂文雀師は高座には遭遇していないはず。
ただ、NHK演芸図鑑には定期的に呼ばれていて、いつも珍品を掛けている。
故橘家圓蔵のやっていた「七面堂」なんて噺を、同じ演出で掛けていらして感動した。

私は代演で。かわら版には左龍さんの名前があったはずです。
悪気があって出てきたわけじゃありません。
代演の依頼が協会から来たのはわりと早くて2週間前くらいでした。
左龍さんは、たぶん他にいい仕事が入ったんでしょうね。

マクラはもう少し続いたはずだが忘れた。
本編は「龍」という珍品。恐らく新作(擬古典落語)なんでしよう。
左龍師、そして次の菊龍師から思いついたのでは?
江戸時代のインチキ商売の噺。
面白いことに、インチキ商売をやった側が全然へこたれてなくて、また何かやろうとして終わる。
だいたいこういうの、最後は失敗して終わるもんでしょ? 勧善懲悪までいかないにしても。
インチキ商売にポジティブ過ぎてびっくり。

子供が遊んでいて二人消えたことがある、昼なお暗い森。
ここは金魚問屋の私有地。
お武家がやってきて、この森の池には、鯉が年経て化けた龍が棲んでおる。それが子供を引きずり込んだのじゃ。拙者が退治てくれよう。
なんだ詐欺かと亭主。化け物退治に20両払えと言うのだな。
しかしよく聞いてみると、お武家のほうが20両払うのだと。
ならお願いします。

地噺でもないのにちょっと脱線する。
マカなんてもので作った精力剤がありまして、男性は1,000円の大手の商品と、5,000円のメーカーも知らない商品があったら、だいたい5,000円を選んでしまうんですね。
なに、インチキなんですよ。マカは死ななきゃ治らない。

月夜の晩当日、近所のものに見てはならんと触れさせる。
お武家たちは大騒ぎして、龍を捕らえる。近所には聞こえている。
しばらくして両国の見世物小屋に、この龍が公開された。
すでに龍退治は広く知られていたから大盛況。まあ、水槽の中の龍、よく見えないのだけど。
金魚問屋の主人も悪ノリして、私有地の池を龍神の森として有料公開。
やがてはどちらもインチキだと判断されて足が遠のくのだが、ラストは、次は何をやろうと二人でほくそ笑むのであった。
落語というより、爽快感溢れる時代小説みたい。

一眼国や軽業のマクラから、この噺に行けるなと思う。

仲入り休憩後は古今亭菊龍師。72歳。
ブログ始める前に、古今亭の芝居で聴いたような気もするが。
ボールドヘッドで貫禄あり、しかしながら押し出しが強すぎるわけでもない、非常にホッとさせる昔の噺家という感。

パズルの紹介。
11個のりんごを「長男が2分の1、次男が4分の1、三男が6分の1」で分けろという、そもそも前提のおかしい問題。
もう一つ、「3人の兄弟がりんご2個を、ナイフを一度だけ使って平等に分けろ」。こちらの回答はブラック。
この手のパズルを、落語に仕上げたのが立川吉笑さんの「床女坊」であるが。

まあパズルを振ったら、壺算に入るところ。
この壺算が古い型らしく、現在当たり前に聴くものと、丸ごと細部が違っていて実に新鮮だった。
黒門亭に通うちょっとスレたお客さんもさぞ喜んだのではないでしょうか?
もちろんスタイルだけでなく、登場人物の漂わす空気がたまらないものでした。
現在スタンダードな壺算、みんなが共通して入れてるギャグがさほど面白くないという、残念な状況にある気がする。

買い物に同行してくれと依頼に来る名のない男は、甚兵衛さんというより、与太郎に近い。
「本人に向かって言っちゃいけないよ」はなくて、与太郎が自分の再現したおかみさんとのせりふに出てくる「お前」を、このお前は俺のことで、次に出てくるお前は俺が言うお前だからお前(アニイ)のことで、とわけわからない断りをしている。

そして、「甕」じゃなくてびっくり。「水壺」。
ま、そりゃ演題も「壺算」で、「甕算」じゃないものな。

さらに、壺は2円50銭。割引いてもらって2円。
通常3円50銭だから、割引率が高い。
アニイは値引かせてもらうにあたり、店のおかみさんを「てっきり娘さんかと思いました」とヨイショ。
主人が「家内まで味方につけますとは」と呆れている。

与太郎の造形、たまらない。
アニイが1荷の壺を買うのに、ちょっと文句は言ってるけど、基本怒ったりしない。実に与太郎らしい。
ここで露骨に怒らせちゃう演出は、台無しだと思う。
かつぎながらこの壺が2荷になるんだとアニイに言われ、「風当たると膨らむのかな」。平和だな。

そして、与太郎のくせに亭主をバカにしすぎるなんてこともない。
「2円しか出してねえのに壺が2荷になった」と、自分の理解できる範囲でしっかり喜んでいる。

丁寧に空気を作り上げた噺は、主人を混乱させるおなじみのくだりに入ってもう爆笑。
「うちはまけません。もう店閉めろ」なんて入ってないのに。
サゲは「思う壺」で、これはある形だが、持って行くまでは違う。
これは一体なんという買い物ですかと主人が問うと、サゲが出てくる。

いやあ、若手もぜひ、この古いスタイルを教わってほしいものだ。
最初はなかなかウケないとは思うけど。でも人物が立体化してきて手の内に入ったら、大変な武器になると思う。

続きます。

 
 

作成者: でっち定吉

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