アニメ「昭和元禄落語心中」の落語(助六再び編)/第九話

第九話。変なアラもなくてよかったです。
前回の予告で、刑務所にいる助六が映り、助六が収監されたと勘違いした人もいたようだ。
このブログにも、そんな内容の検索による来訪がありました。

親分さんが収監された「鈴ヶ森刑務所」に慰問に出かける八雲師匠と助六。
ちなみに、銃刀法違反で6年も食い込まないので、別件逮捕で余罪をなにやら立件されたものと思われる。
「鈴ヶ森」って洒落てますね。
同名の落語の舞台であり、また古くは刑場のあったところだ。
「丸橋忠弥」「八百屋お七」「白井権八」「白子屋お熊」といった江戸時代のピカレスクスターたちが処刑されたところ。
もちろん刑務所は存在しません。

第一シーズンの第一話でも書いたが、刑務所慰問はノーギャラ。
ただし噺家さんでなく歌手などは、組がスポンサーになってる場合があるらしい。

たちきり

また珍しい噺の登場。上方ネタである。上方では「たちぎれ線香」。
そもそも東京の師匠では、私は聴いたことがない。柳家さん喬師などCDを出しているが。
上方には珍しい人情噺。なんといっても先代桂文枝のものがいい。You Tubeで聴けますので、ぜひ。
人情噺といっても、そこは上方。前半からしっとりと始まるわけではなく、若旦那と丁稚の会話で大笑いさせられる。上方落語でおなじみの、こまっしゃくれた丁稚がいい。
それから若旦那と番頭の会話の場面。音だけ聴いていると放送事故でもあったのかと思ってしまう、番頭の長い長い間がすばらしい。
ここから人情噺になる。
若旦那が蔵に閉じ込められているうちに、言い交した芸者の小糸が自害してしまう悲劇である。
だが、誰のせいでもないのだ。お家のために尽くす番頭は悪者ではない。若旦那も納得して蔵に入ったのだ。
ここに、落語には珍しい壮大な文学的テーマが見られる。
八雲師の「たちきり」では、若旦那は無理やり閉じ込められるようだれど。

小糸とみよ吉とをなぞらえる演出、見事ですね。

手紙を放り込む仕草で、扇子をひょいと放り投げるシーンがあった。扇子って放り投げていいのかしらとちょっとだけ思った。
手紙を放る仕草なら、手拭いのほうじゃないかな。
私が見たことがないだけで、絶対したらいけない仕草だなんて思わないのだが、噺家さん、心情的に扇子は投げられないのではないかという気がしました。

江戸では、遊びというと廓になってしまい、上方のような茶屋遊びの伝統がない。
だから、どうも「たちきり」という噺、座りの悪い感はある。「親子茶屋」よりはやりいいだろうけど。
それはそうと、柳家さん喬師の「たちきり」も聴いてみました。
さん喬師も、さすがは人情噺の大家という作品。展開は、先代文枝とだいたい一緒である。
いきなり若旦那を蔵に閉じ込める八雲師匠の演出、誰のものなのだろうか。

居残り佐平次

「笑わせるか泣かせるか、それしかない。芸に芯がない」という八雲師匠の弟子評。泣かせる噺というのは「芝浜」のことか。
助六の噺が評価に値しないかはわからないが、確かに師匠の言うとおり、人間の感情は喜怒哀楽にはっきり分かれた、わかりやすいものではない。
笑わせようとして笑わせる、泣かせようとして泣かせるという噺は単調である。なんだかわからない感情をゆすぶってくれる噺家さんが私も好きだ。
ただ、八雲師の評価を聞き、いいほうの例として真っ先に私の頭に思い浮かんだのが、新作落語のパイオニア、三遊亭円丈師である。
八雲師は新作落語嫌いという設定なのだが。
いっぽう、樋口先生は、助六の「居残り佐平次」を、「無我無欲」ですごいと評している(第六話)。

死神

助六の弟子小太郎、萬月師匠に「お言葉ですが」。萬月がなにも語っていないのに、第一声が「お言葉ですが」もないもんだ。
萬月は、念願の「雨月亭」に出してもらっているらしく、いつまでも余韻を味わっている。
上方の噺家さん、現実世界では、そんなに簡単に東京の寄席には出られない。たまに企画で、交代で呼ばれるくらい。
活躍の場を東京に移しているが、寄席には出られないという上方の噺家は何人もいる。ご本人たちが出たがっているのかどうかは知らないが、普通に考えたら出たいのではないか。
ずっと東京で活躍しているのは笑福亭鶴光師。師の場合、春風亭柳昇が強引に寄席に押し込んでくれたのだそうだが、今ではこうはいくまい。東京の噺家で、協会に所属していてもなかなか出られない人が、特に落語協会のほうにはたくさんいるんだから。
だけど、東京の噺家さんはちょくちょく天満天神繁昌亭に出してもらえているようだ。

無人の寄席で、落語を語りつつあの世に行きたいと、ろうそくを灯してひとり熱演する八雲師。
結局は「生きたい」という意欲を持つのは結構だが、落語と心中できず、身代わりに寄席だけ燃やしてしまうとなると、いささかエゴが強すぎるのではないかな。失火とはいえ。
寄席だけは焼かないでいただきたいと、寄席好きとしては切に願うものです。
都内に唯一残ったという「雨竹亭」、第六話で席亭が建て替え計画を助六に話していたが、この火事の伏線だったのか。

第十話に続く

作成者: でっち定吉

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