黒門亭19(下・林家たけ平「お札はがし」)

古今亭駒治「同窓会」

昨年、披露目を含めて、聴いた高座数のもっとも多かった駒治師、今年は少々ご無沙汰していた。
だが巣鴨四の日寄席と、「小ゑんハンダ付け」に参加して、ようやく後半になり格好がついた気がする。
昨年の11月に出向いた、六郷土手の「宝寄せ」に今年も駒治師顔付けされているのだが、行けない。残念。

駒治師、私はプロ野球のファンですと。どこのファンかは言いません。乳酸菌飲料のチームです。神宮球場の。
このフリから始まる「ビール売りの女」を聴いたことがある。あの楽しい噺、もう一度聴きたいなと思ったが別の噺。
これまた楽しい新作。
鉄道落語も野球落語も、ちゃんと一般人の琴線に触れるように作ってある。

甲子園の決勝で、9回裏、2点リードの2アウト1塁2塁。
熱中症で倒れた二塁手に替わって急遽守備に入る大山くん。
平凡なセカンドフライを「宇野キャッチのように」おでこに当て、外野を転々とさせてしまう。ランニングホームランでサヨナラ負け。
高校も中退し、故郷から逃げるように東京に出てきた彼に、25年振りの同窓会の通知が来る。

大山って人名、板橋区から来てるのかな?
25年振りに思い切って同窓会に行く。妻はもう、みんな許してくれてるだろうと背中を押してくれたのだが、実は当時の監督だけいまだに許していない。
エラーで優勝できなかったおかげで、監督をクビになったのだから。
駒治師にしては一見、ゴールに向かって一本道のストレートな噺。
だが、複合するさまざまな人間心理を描いていて、引き付けられるのである。
熱中症で倒れた二塁手、新宿二丁目のママになった右翼手、大山くんの元カノで、その後毎年出産して大家族を築いたマネジャーなど、楽しいキャラが勢揃い。
この人の落語はみな、「ちょっとおかしな世界の中で懸命に生きる人たちの物語」だ。
同じ方法論なのだが、それでできた噺はどれもこれも楽しい。聴き手の人生のどこかにフックが掛かる。

この噺、三題噺の方法論も取り入れている?
「手芸」が大事なキーワードとして出てくるのだが、野球と手芸とそうそう結びつかない。
客のリクエストを受けて作った三大噺でないにせよ、駒治師、広げたカードを無作為に取って噺を作り上げでもした?
こうした工夫で、噺の世界は有機的に、果てしなく広がっていく。

この人の噺は、おかしな世界でも最後はハッピーエンドで終わる。それが、取ってつけた感じでなくて、実に爽やかなのだ。
すべてふざけているのだけど、大人の噺。

林家たけ平「お札はがし」

いい高座が3席続けて出て、すでに満足の黒門亭。
トリはたけ平師。長講なのでマクラなく本編に入る。
牡丹灯籠は圓朝ものなので、背景が複雑である。
複雑な人物相関図をささっと説明した後、「まあ、すでになにがなんだかわからないかもしれませんが、おいおいわかってきます」。これがマクラ替わりのギャグ。

怪談噺であるが、たけ平師、けわしい顔はまったくしない。
むしろ地噺を語っているときのような、ニヤニヤしたイメージ。ほんとにニヤニヤしているわけじゃないが。
だが、これがいい。怖がらせてやろうという、わざとらしい語りとは無縁だ。
この人ならではの、通るいい声でしっかり語ることで、勝手に怖さが増してくるのだ。
そんなにしょっちゅう怪談噺を聴いてるわけじゃないが、落語を聴いて真に怖くなったことなどそれほどない。もちろん、それでちゃんと成り立つものだ。
だが、たけ平師の明るい語り、本気で怖くなった。
利きすぎた冷房もあるのだけど、でも本当にブルっと来ました。
カランコロンと下駄を鳴らして歩く、お露さんの幽霊の怖さが身に沁みる。

そして、圓朝の物書きとしてのすばらしさも濃厚に感じる。
幽霊にとり殺される新三郎の悲劇だが、それをもたらすのは男女の互いに対する思いの強さ。
相手に会いたいと純粋に願う気持ちが生む惨劇なのである。
幽霊に入られないためにお札を張り巡らして家を防御する新三郎を、100両のために裏切ってしまう伴蔵。欲と恐怖に支配された結果である。
伴蔵をそそのかす女房が、あっさりしているところがまた怖さを膨らます。
欲のためにお札をはがすシーンの緊迫感がたまらない。
そしてお札をはがし、ハシゴから落ちた伴蔵の前で、二階の窓から吸い込まれていく幽霊たちの見事な絵。

しびれました。
たけ平師、こんなのどんどんやって欲しいなあ。
地噺の方法論が変われば大好きになる師匠だと思う。ただ、それをよしとする人がいるなら、これ以上は何も言えない。

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作成者: でっち定吉

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