花いちさんのメクリは、志ん松さんと同じようにA4用紙3枚をつなぎ合わせているが、志ん松さんと違うのは名前が5文字であること。
「柳家」「花い」「ち」に分かれるのだが、3枚目の「ち」だけ、左に大きくズレている。
花いちさん、「いやあ、志ん松くんにずいぶんストレスを掛けていたようで、申しわけないです」。
真剣に謝っている様子でも、開き直っているわけでもなく、自然体が面白い。
忘年会を遊京と3人でやろうというのも、たぶんストレス軽減のためなんでしょうねだって。
緋毛氈も忘れちゃってすみませんと。
実に頼りないのだが、でもいい男である。錦織圭と滝藤賢一を足して割ったような。
花いち、志ん松、遊京だと男前忘年会だな。
新幹線の話。ありがたいことで、以前は地方へはバスで行っていましたが、最近は新幹線に乗せてもらえるようになりました。
指定席に座っていると、別の人が私の席ですよとやってくる。チケットをよく見てみると、電車が一本早かった。
それから以前、名古屋から戻ってきて新横浜で降りる際、リクライニングを戻そうとして、隣の人のリクライニングを戻してしまったとか。
相変わらず自虐マクラの楽しい人。
自虐というもの、とても扱いが難しいものであって、軽々しく手を出してケガをする噺家は絶えない。
客の噺家に対する一方的な尊敬を裏切ってはいけないからだ。
尊敬を裏切らずに楽しい自虐を吐けるのが、花いちさんの持ち味。
それにしても、新幹線は新横浜で降りるんだな。東横線沿線にでも住んでいるのだろうか? 多摩方面での仕事が多い印象からすると、東京駅に出そうなのだが。
そしてチュートリアル徳井の事件から、確定申告の話。
二ツ目になった際、初めて確定申告をしたが、書き方がわからないので説明会に行った。
税理士に教わってようやく書き上げたところ、最後にカバンに引っかかっていた源泉徴収票が1枚出てきた。
税理士に相談する花いちさん。「やはり書き直さないといけませんか」。
税理士いわく、「大丈夫です。あなたの収入では絶対に調査はしませんから」。
私も確定申告している貧乏人だから、身につまされるなあ。
サラリーマンにはわかるまい。
粗忽ものにでも進むのかと思ったらそうでもない。
われわれは高座が15分なのに、打ち上げが7時間ありますと酒の話。3人で忘年会をやろうという話とつながっているようだ。
そして、新宿ゴールデン街で、朝まで飲んでわずか2千円、ノリがよくご馳走が絶えない兄弟子、緑君さんの話。
試し酒へ。
花いちさんだと新作を聴きたい気もちょっとあるが、古典も楽しい人。完全二刀流なのでどちらでも構わない。
その、試し酒にはこんな工夫がある。
- 賭けに負けたら旦那が相手の旦那を招待するというので、「桜の会か」と久蔵。
- 戻ってきた久蔵。すでにどう見ても酔っぱらっている。だが、そんなキャラなので、初めて聴く人にはバレない。
- 3杯目で、久蔵が泣き笑いする。「どんな情緒だ」と引く旦那たち。
- 大江山の酒呑童子がおじさんだという久蔵。旦那たちに嘘だろうと言われて、嘘だと答えるだけで爆笑。
- 都々逸に、「みつお」が入っている
戻ってきた久蔵が、わからない程度に酔っているというのは先代小さんの教えでもある。
だが花いちさんの場合、もうわかる程度に酔っている。噺を知っている人にはそのほうが楽しいし、自然である。
だが、こういう細かいクスグリの数々よりも、噺の空気がたまらない。
久蔵ひとりが世界をかき回し、その空気を変えていく。
なるほど、こうした花いちさんの描く空気が好きで、私もファンになっているのだ。
だからといって悪ふざけではないのである。先達から受け継いできた古典落語を破壊しはしない。
現状の、悪い面も指摘はできる。
ベテランの師匠がやると、5杯目を実にスリリングに飲む。知っている噺なのに、飲めるかどうか思わずハラハラするのだ。
これは花いちさんには、まだないスキル。
これが上手かったら、5杯目で中手を入れようと思って準備していたのだが、止めた。
でも物足りないなんてことはない。全体的にはとても楽しく、満足のデキ。
柳家らしく最後はきっちり、客のほうを向いて、素面に戻って綺麗に下げる。
「休憩です」と言ってメクリを返す花いちさんだが、なにしろA4の紙の張り合わせなのでゴワゴワしていて、めくれない。
悪戦苦闘していた。
いつもやっている会だったら、もうちょっと上達していそうなもんだ。
でも、こういうところに親近感を覚えてならない。これは落語の腕とはまた違う要素。
こういう部分に惹かれる女性も、中には間違いなくいるはず。