黒門亭20 その4(柳家一九「藪入り」)

トリは柳家一九師。
ここ黒門亭で以前聴いた、一九師の「寝床」は、それは素晴らしいものだった。
オリジナルギャグを入れ込むための器になりがちな寝床を、まったく余計なクスグリなしで演じた一席であった。
この日も、そんなのを期待して来たのである。

ネタ出しの「藪入り」。マクラなし。
藪入りと、ねずみの懸賞について説明をしてからスタート。
説明が必要な落語というものはあるが、説明が説明だけで終わるか、そこに情緒が漂うかでは大きな差がある。
もちろん一九師は後者である。

明日はいよいよ3年ぶりに息子の亀が奉公から帰ってくると言うので、熊さんは寝付けない。
寿司も天ぷらも、いろいろ食わせてやろう。それからおばさんのところにも連れていきたいし、お参りにも行きたい。
穴守稲荷から川崎大師へ、さらに東海道を西へ、熊さんの妄想は膨らむ。
これがずいぶん長い。お伊勢さまからこんぴら、さらに永平寺からおわら盆、一九師の出身地金沢からさらに進み、北陸を新潟まで。

寝られないまま朝が来る。ずぼらな熊さんが、朝から掃除をしているので長屋の連中が面白がっている。
「いい天気だね」と言われて「アタシがしたわけじゃない」と返すぶっきらぼうな熊さんだが、ここではウケを狙わない。
ここで熊さんの偏屈ぶりを描けば描くほど、あとに障ると思うのだ。
さすが柳家の師匠は、目先の笑いを狙って噺にダメージを与えることなんかしない。

いよいよ亀が帰ってくる。玄関で亀の顔を見られない熊さん。顔上げると涙がこぼれちまうから。
1年前のおとっつぁんの病気に触れる亀。見舞に行きたかったけど、田舎から出てきている同輩たちの手前我慢して、手紙をことづける亀。
手紙を持ってきてくれた番頭が、「亀ちゃんは大人になりましたよ」と言ってくれる。
亀が湯に行った間に、おっかあががま口に畳まれた15円を見つけてしまい、そこから騒動となる。

ごくありきたりな演出だと、親父の熊さんが短気で、思い込みが激しく、言い分を聞かずいきなり殴りつけるので亀は泣くのである。
でもそうじゃない。おかみさんが熊さんに、何度も何度も怒っちゃいけないよ、あたしがそう(悪い先輩にそそのかされ、お店の金をちょろまかした)思っただけなんだからと念を押している。
だから、熊さんは我慢している。すぐには手を出さない。
だが亀が、そんな15円のことで大騒ぎするなんて、貧乏はしたくないもんだとついぽろっと口にしてしまう。それで初めて熊さんの怒りスイッチが入るのである。
スイッチの入った熊さん、手を出すが、一発軽いのだけ。
亀は、痛いのではない。そして殴られてすぐ泣くわけではない。
両親が、自分が悪事を働いたのではないかと疑ったので、それにこらえられなくなり、ついに泣き出すのである。
実に自然な、親子の対話ではないか。

涙腺がだいぶ緩んでしまった。
この噺で、「泣かせてやろう」なんて思ったら、とたんに客は白けるだろう。
さりげないシーンの積み重ねが、じわじわ感動を生むのである。
期待通りすばらしい一九師。

感動に充ちて黒門亭を後にしました。

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作成者: でっち定吉

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