お待ちかねの入船亭扇辰師匠。黒紋付ではない。
鈴本で一席やっつけてきましたがと。
ここだけの話ですが、正月にあんなところ行かないほうがいいですよと。高いし、持ち時間も短いし。
私もまあ、そう思うので黒門亭に来てるのです。
鈴本では、トップバッター「松づくし」の歌る多師匠のあとの出番が扇辰師。最初の落語。
私だって、もう30年やってるんですよ。なのに前座替わりとは、まあひどい扱いですだって。
それに比べて黒門亭はたっぷりできますしいいです。
こんな愚痴っぽいことを、扇辰師が強い胆力でもって語ると、とても面白いのです。
初席の10分で、道灌や子ほめをサゲまで語れるのは、実力があってこそですだって。
これは本当にそうだと思う。どちらも、前座がマクラなしでやってるのを観ればわかるが結構長い。
恋わずらいなんてものがありますと本編に入る。この日はネタ出しではなく「お楽しみ」。
男の恋わずらいはあんまりいいもんじゃないですねと語る。恋わずらいに苦しんでいるのは、田舎から出てきた若旦那。
あ、「雪とん」。
TBS落語研究会で聴いた噺。
知っている噺が掛かって妙に嬉しくなるのは不思議。あまり他の師匠でこういうことはない。
珍しい噺を多く持つ師匠であり、雪とんも他の人がやるのは聴いたことがない。
雪とん、変な演題だが、「雪」と「トン」(壁を叩く音)である。非常に落語っぽい、単純なタイトル。
「雪てん」とは全然別の噺。
たまたま見かけた糸屋のお嬢さんを見かけて恋わずらいの若旦那。
崇徳院や明烏と比べると、食欲旺盛なので、特に気の毒でもないのだけど。そもそもこの若旦那、いい男でもない。
おかみさんと女中の手引きでもって、なんとか一緒に一献傾けるだけの約束をもらった若旦那、雪の中を出かけていく。
だが、たまたま通りがかっただけのなんの関係もない男が、人違いで案内され、あろうことかお嬢さんと一夜を共にする。
いっぽうひと晩、お嬢さんのいる離れを探して雪の中をうろつくかわいそうな若旦那。
冒頭、いきなり田舎者丸出しの若旦那と、厄介になっている商家のおかみさんが登場。
扇辰師らしく、おかみさんがとても色気がある。無駄に色気ムンムンなわけでなくて、とてもほどよく色っぽい。
登場人物の描き分けが巧みな師匠だけあって、この噺はお手のもの。2018年に二度聴いた「五人廻し」を連想する。
女が3人。おかみさんと、糸屋のお嬢さんとその女中。
女中は太っちょで、欲深。ちょっととんがってはいるが実はわりと肚のない女。扇辰師のもっとも得意とするキャラのひとりじゃなかろうか。
男はふたり。若旦那と、粋でいなせな仕事師のおアニイさん佐七。佐七のほうは、扇辰師が抜け出たような粋なキャラ。
いい男の佐七を若旦那だと思い込み、耳まで赤くするお嬢さん。
遅くなり、雪も降るので泊めてもらう佐七、指2本でお嬢さんの着物の裾を引っかける。お嬢さんは胸元に倒れ込んでそのまましっぽり。
この指の使い方を、徹底してフィーチャーし、客にもレクチャーする扇辰師。
2本だけで倒すなんて、倒されるほうに気があってこそです。
たとえ強引にねじ伏せようとしたって、相手がイヤだったらこうはいきません。たとえ羽交い絞めにされても、トカゲのしっぽのように、着物を引きちぎってでも逃げていきますと。
まあ、みなさんはそちらのほうが覚えがあるでしょうだって。
この後のシーン、詳細にやりたいのですが今日はお子さんもいますからと。まあ、そんな描写、もともとしないのだ。
それにしても扇辰師、古典落語のシーンの中に、実にナチュラルにご本人が登場する。
こんなシーン、誰がやっても「噺をいったん中断しました」という雰囲気になるもの。扇辰師、ごく自然に噺に現れ、また消えていく。
この日は家内もついてきたが、扇辰師は聴いたことがなく、イメージが湧かないと事前に言っていた。
私が家で流しているVTRで顔ぐらいは知っているにしても。
今回、一撃で扇辰師のファンになったそうな。まあ、そりゃなるよ。
特に女性はみんな、色気に溢れる扇辰師が好きじゃないだろうか。
最後の抽選会も盛り上がった。時間押し気味になり、2部もあるので蔵之助師が一生懸命巻いていたけど。
扇辰師が最後に再登場し、時間がないのに一花さんに、「相手とはどこで知り合ったんだ」などと質問をする。
一花さん「落語協会でです」だって。当たり前だ。
ついでに扇辰師、「別れちまえ」だって。まあ、噺家らしいキツい祝福。
正月早々、おめでたい人もいて、いい噺が聴けて盛り上がった黒門亭でありました。