亀戸梅屋敷寄席16(中・三遊亭兼好「王子の狐」)

それにしても、とむさんの話からもわかる、好楽一門の師弟関係はとても楽しい。
弟子や孫弟子、みな好楽師をネタにしてボロクソに言うが、言えるというのがそもそもすごい。
真に敬意を払っていないとネタにはできない。
落語界には、ちゃんと優しい一門がある。他には瀧川鯉昇師の一門など。
鯉昇師と好楽師は忘年会を一緒にするそうだが、よくわかる。
そうした優しい一門で育つと、気持ちの優しい、いい噺家ができあがる。

続いて仲入り前は、今日のお客の最大の目当てであろう三遊亭兼好師。
昨年の干支、猪の話から。
最近は兼好師の住む足立区にも、イノシシが出没するようになった。川を泳いで移動するらしい。
故郷の会津若松も、最近はイノシシ害が増えた。
もともとイノシシは寒さに弱い。だから、雪の多い会津にはいなかった。
だが、地震の影響で、イノシシが北にやってきた。そしてもっとも弱い連中が追い出されて会津にやってきて、冬を越すようになった。
その結果、生まれついて雪に強いイノシシが登場した。最近では、雪の上でジャンプしてるんだそうな。
なんて話を、実に楽しく語る兼好師。
人間もそうですが、弱い奴は辛抱するんですとイノシシの気持ちを代弁する。

イノシシから、動物つながりで狐に話を変える。王子の狐。
年末に、二ツ目さんからいただけないこの噺を聴いたところなので、口直しになって嬉しい。
狐の化けた女をあべこべに騙し返す男は、女に「おたまちゃん」と呼びかけるのが普通だと思うのだが、兼好師の場合、初めて会った体である。
初めて会った女を、扇屋の2階にいきなり連れ込むのがちょいと色っぽい。本来は不自然なシチュエーションなわけだが、詳しく語らず、「こんなことになってるから」と店員に伝えることで、言外まで語り尽くす。
狐の側としても、それは騙すに最適の状況なわけで。

それ以外の展開はほぼ同じだが、兼好師の魅力が溢れる一席。
兼好師は私にとって、「騙しのプロフェッショナル」である。
騙しのプロが、狐を騙す噺を楽しく演じる。これは聴き逃せない。
騙されかける男が、狐をどう騙すか。これに着目して噺を追うので、客はスリルとサスペンスを味わうのである。

それにしても楽しい。
さまざまな工夫が見てとれる。

  • 男はちょいちょい、狐の裏をかいて騙されないぞという姿勢を見せる
  • 玉子焼きで有名な扇屋が、店を休んで詫びに行く描写はあっさり
  • 友達に脅かされ、家に帰ると予言通りかみさんに狐が憑いている。これも言われた通り慌てて水をぶっかけるが、かみさんははたきを掛けていただけ。
  • 謝りに行く際も、「どうか七代祟ったりしないでくれ」と詫びている。真に反省しているわけではない。
  • 騙された狐のほうが、「人間はしつこいよ、七代祟る」

仲入り後の三遊亭鳳志師もお目当て。
この師匠は本格派。本格派らしく、じわじわ好きになってくる。
今度真打昇進の弟弟子、鳳笑さんは変態だけど。

武士鰹大名小路生鰯茶店紫火消錦絵。
と来ると、この噺は「鹿政談」。江戸名物を言い立てる噺は、他に知らない。逆に、江戸名物を言いたければ鹿政談をしなければならないわけだ。
ちなみに、私は「生鰯」でなく、「広小路」を入れるバージョンが好きです。最近覚えた。
落語のフレーズは覚えておくと楽しいので、記憶力の減退に抗っていろいろマスターしたいものだ。金明竹がまだ上がらない。
江戸名物はこの後「火事に喧嘩に中っ腹伊勢屋稲荷に犬の糞」と続くが、伊勢屋稲荷まで行くと、説明が必要で面倒ではある。
だからか、鳳志師は錦絵まで。

円楽党で鹿政談を聴くのは初めてだ。だが、もともと圓生ゆかりの噺なんだろう。
そういえば先日は鳳志師から「庖丁」も聴いたっけ。
抑制の利いた芸が実に楽しい。
この噺は、余計なギャグなど入れず、また人情にも必要以上に走らず、淡々と演じたほうが楽しいと再確認。
そして、淡々と演じるのは実は難しい。
それはそうで、展開が平板になってきたときに、数少ないギャグに頼りたくはなるだろう。だが、そのクスグリを一生懸命やると、平板な中にある噺の雰囲気が壊れてしまう。
「今ワンワンと鳴きました」
「犬鹿蝶」
あたりを、サラッと進めるのが鳳志師の持ち味。
展開をしっかり語るので、ここでウケを狙わないことで、かえっておかしくなってくる。
最後、豆腐屋さんがお奉行に向かって、「まめで帰れます」と頭を下げて、そのままフィニッシュ。ちょっと新鮮。

続きます。

 

作成者: でっち定吉

落語好きのライターです。 ご連絡の際は、ツイッターからメッセージをお願いいたします。 https://twitter.com/detchi_sada 落語関係の仕事もお受けします。