三笑亭可風(下)

今からきっとブレイクしていく三笑亭可風師の落語を取り上げてみます。
私のコレクションにある、浅草お茶の間寄席のわずか2席。時間はそれぞれ11分と短い。

まず2017年の「おばばサミット」。
上方落語の笑福亭仁智、桂文珍といった師匠方の新作に通じる、緩い世界の新作落語。
冒頭いきなり、初めて寄席に来たような人は、後になればなるほど上手い落語家が出てくると思ってるかもしれませんが、そんなことありませんと。
これでなぜか爆笑を呼ぶ。
この後の師匠をdisってるのではなくて、私は大したことないですよという自虐なのであるが、客にその意味がちゃんと伝わっていなくても面白い。
師に「フラ」があるから。これ、便利すぎて安易な言葉で、多用したくないが、でもそう。
師匠・可楽のネタを振り、そんな師匠に教わったわけでも何でもない噺をしますと可風師。
これで客席の笑いが止まらない。本編に入ろうとして、もう落語入っていいですかと可風師。

婆さん3人が、息子や娘の悪口を言いつつ、共同生活を送ることにするというストーリー。
自作なのだと思うが、上方っぽい題材。東京には珍しいタイプの新作落語である。
婆さんたちの生活を描いた落語なので、日常に立脚している。東京の寄席では、日常に即した落語は違和感が残りがちなのだ。
狐狸は平気で出てくるのに、現代人の日常を取り上げないのが東京の落語なのである。だから、寄席で掛かる新作落語のほとんどどこかに飛躍がある。
可風師の場合、演者自体が地に足がついていないので、不思議な浮遊感によって違和感がなくなるようだ。本当はしっかり力強く、高座に根をおろしているけど。
ストーリーはわりとどうでもよく、クスグリだけでできた落語。たぶん、本当はもっと長い噺なのだろう。

婆さんの日常の愚痴を並べた噺だが、変な生々しさはなく、とても楽しい。
年金支給日に限って顔を見にくる息子やら。あるあるネタ。
オレオレ詐欺やら、警察主催の落語会に出てきそうなネタも入っているのだが、別に啓発がテーマでもない。
婆さんが三途の川を渡ろうとすると、爺さんが「こっちに来るな」と呼びかける。でもよく考えたら爺さんは生きていた。だから爺さんのほうに向かっていくと目が覚めた。
この噺、リアリティを持って演じたら、たちまちコケるだろう。軽さがとてもいい。

可風師の2年後の放映は、柳亭小痴楽真打昇進披露の席なので後ろ幕付き。
2年前の放映と打って変わって、小痴楽ファンの女性の多いらしい客席に、なんだか冒頭から妙に蹴られ気味。笑い声がお義理で、弾まない。
画面のこちらで視ている私には、マクラからとても楽しい一席。
これがいたく気に入ったので、可風師を取り上げようと思った次第。
寄席なんて、客席の重いときもそうでないときもある。脈絡なくこうしたことはあるものだ。
もちろん客の気持ちに沿うようにするのが噺家の務めではあるものの、それで合わなきゃもう仕方ない。あとは投げ出さず、自分の納得いく高座を務めるしかない。
その結果、後半になるとずいぶん盛り上がっていたのは幸い。

坊主頭の噺家あるあるで、お寺の副住職に間違われたというマクラ。内容がどうではないのだけど、実に楽しい。
ただ、この2年で喋り方が変わっている。現状に甘んじず、常に動いている人なのだ。
かなりせわしい喋りで客に高揚感を与えていたのが、だいぶテンポ控えめに変わっている。
これは、新作と古典の違いによるものではない。
噺家のテンポがゆっくりになっていくのは、自信が強くなったときだと思う。あいかわらず早めではあるけど、客の聴くリズムを急き立てるほど早くない。
メリハリが、客の感情にぴったりである。
古典落語の佳品、猫の皿に進む可風師。
実に短い時間で古典落語をきちんとやるが、ダイジェスト感はまったくない。
ちなみに昨年、ひらい圓蔵亭で聴いた、桂竹千代さんの猫の皿はこれによく似ていた。出どころは同じみたい。
もう少し長い普通の時間の高座だが、春風亭柳若さんから聴いた猫の皿もそう。すべて一門は違うが、芸協スタイルなのか。

登場人物ふたりの噺であるが、茶店の爺さんが、終始ボケを担当する。
「熊谷寺と書いてゆうこくじと読む。本気と書いてマジと読む」なんて。
登場人物が地に足が付いていない点において、新作と方法論が一緒。

登場人物のやり取りから、地の語りに入ってまたセリフに戻る。落語では普通の演出だが、これが実にナチュラル。
ここは、まったく喋り方を変えてもいいのだが、変えないこの語りが実に心地いい。
後半はどんどんスピードが上がっていく。単に持ち時間の関係だったら申しわけないのだが、徐々に高揚していく。
もしかすると、脱落してしまう年配客がいるかもしれない。
だが、猫の皿なんてたびたび聴く噺、しかも本来ストーリーが重要な噺である。
なにかプラスアルファのあるおかげで、楽しく聴けるのである。

まあ、わかったようなことを書いてみた。だが、わかっていない部分に今後の飛躍の要素が隠れているのです。
三笑亭可風師、寄席のトリを取れるよう期待してやみません。

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作成者: でっち定吉

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