池袋演芸場21 その2(春風亭朝枝「のめる」)

春風亭朝枝「のめる」

尺の都合でこの芝居の目玉の一つ、新二ツ目2名のお披露目高座のうち、春風亭朝枝さんを先に。
先の林家あんこさんが新二ツ目に声を掛けてやってくださいと要請していたが、残念ながら初日と違い待ってましたの声はなし。
だがしっかり演じる。
この「のめる」が、それはそれは素晴らしいデキだった。
兄弟子の一之輔師の二ツ目昇進時に、ひょっとしてこんな気配があったのではないかと。いや、知らないけど。
私は新たな天才の登場を目の当たりにしたのではないか。
落語界のエリート一朝一門だし、そんなことがあっても驚きはしない。

初日に初めて聴いたこの人、「猫と金魚」のごく当たり前のツッコミでウケていたのに、いたく感心した。
今回もそう。
朝枝さんの「のめる」は、八っつぁんと隠居の会話から始まる。友達の留公とのやり取りは、カットバックで挟まる。
この構成自体、実にスムーズでいい感じ。
留公に、なんとか「つまらねえ」を言わせたい八っつぁん。
隠居が懸命に「田舎のおばさんが大根100本送ってきた」という筋書きを考えてくれているのに、これが作戦だと気づかないすっとぼけた八っつぁん。
大根のことはいいから留公につまらねえを言わせる方法考えてくれという、察しの悪い八っつぁんに大爆笑。
「のめる」は、寄席でしばしば掛かる軽い演目だが、こんなに面白い噺だったか? 面白過ぎて本当に、息も絶え絶えになってしまった。
別段、朝枝さんが爆笑を狙いに行っているわけではない。実際、ギャグ盛りだくさんのシーンではなく、それを崩しているわけでもないからすごい。
あくまでも、人物描写の深みから出てくる素朴な笑いなのだ。素朴な笑いで普通は爆笑しない。

いやあ、軽い古典落語の本質から爆笑を生み出す得難い噺家だなと思っていると、まだ武器を持っている。
ストーリーの、普通にはすんなり流れてしまう部分に食いつくのが、兄弟子、一之輔に似ている鋭いセンス。
このセンスは、なんでもない会話から笑いを引き出すのとは、また別のスキルだろう。
馬鹿なので、指先に糠付けていけと隠居に言われたのに、物足りなくて頭から被っていく八っつぁん。
そこまでは他の人の演出にもあるが、留公の家に行くと「くっせえー」と騒動になる。そりゃそうだ。
乞食だと思われて、追い返されそうになる八っつぁん。
やっとわかってもらえるが、留公が早飲み込みし、大根をもらえるのだと思ってしまって頓珍漢なやりとりが続く。
落語というもの、まだまだ無限の可能性が残されているものだと実感。
この後留公が八っつぁんを湯に迎えにくる際、「くせえから湯行こう」と、前の展開をちゃんと引っ張っている部分が、とても一之輔師っぽいのだ。
もっともとっておきのギャグだとしても、渾身の力を込めて演じたりしない。ご本人の軽さは最後まで続く。

のめるという噺を二ツ目さんが掛ける際、八っつぁんと留公の友情がしっかり描かれていると、それで感心する。
でもセンスあふれる朝枝さんに感じたのはそこじゃない。もう一段高いレベル。
友情はとうにクリアしつつ、つくづく人間って面白いなと思わされる。

朝枝さんの2席目の高座を聴いて、改めて感じたのは、声がすごくいいこと。
噺家の場合、高く通る官能的な声がいいとされることが多い。私も日頃はそう認識している。
だが朝枝さんは、低くて通る声。似ているわけじゃないがクリス・ペプラーみたいなイメージ。
いきなりは声のよさには気づかなかったが、じわじわ来る。
芸協の春風亭柏枝師に、声質がよく似ている。名前も似てて兄弟弟子みたいだが、別に関係はない。

朝枝さん、この先どんな方向にも進めるから強い。
一之輔路線にだって進めるのは間違いないが、たぶん、カブってしまうそこは追わないだろう。
本寸法マニア(いるのだ)が食いつく路線に進んでおきながら、本寸法と見せかけておいて、好きなことをやるイメージだろうか。
まあ、それだって可能性のひとつにしか過ぎないが。

というわけで、この日はまだ前座の喬太郎二世と、二ツ目昇進直後の一之輔二世を見つけたのです。
ふたりとも、10年後がとても楽しみです。

続きます。

 

作成者: でっち定吉

落語好きのライターです。 ご連絡の際は、ツイッターからメッセージをお願いいたします。 https://twitter.com/detchi_sada 落語関係の仕事もお受けします。