笑福亭松喬「てれすこ」

当ブログも、コロナのためにネタ不足が続いている。
だが、土日はテレビ・ラジオの落語が多い。おかげで多くのネタを拾えた。
そのうちのひとつが早朝にやっているNHKの「演芸図鑑」。
この番組、今や収録もできないし、撮りだめたものがあるにしても、いつまで持つのか心配だ。
さて、演芸図鑑には笑福亭松喬師が登場。私が今、もっともその高座を聴きたい上方の噺家のひとり。
2月17日の収録というテロップが入る。もしかすると、収録日としては、最後だったろうか。
最近テロップが入るようになり知ったが、演芸図鑑の収録は毎週月曜日なんですね。
収録、観たい人もいるだろう。私も観たいが、この収録の参加募集はありません。みな、芸能プロに登録しているエキストラであって、だから女性だらけ。
演芸図鑑のために私も登録するなんて手もあるがな。

さて、松喬師の高座は「てれすこ」。ちょっとびっくりした。
実際の高座、テレビ、ラジオを問わず、初めてこの噺を聴いた。
You Tubeでは圓生をはじめとしていろいろ聴けるし、当代三笑亭夢丸師(夢吉)のものなどもあるけども。
珍しい噺の好きな夢丸師が手掛けていると思うと、むしろレア感が増す。
落語にも、繰り返し掛けられる演目と、レアなものとがある。
だが珍しい演目というのは、多くの場合、その存在自体が一般に知られていないものである。

てれすこはそうではない。
この噺自体は、結構有名なのである。有名であること、実際に高座に掛かる頻度の反比例関係が著しい演目。
こういう性質の演目の中で、他に有名なのは「あたま山」。だが、あたま山のほうがずっと掛かると思う。実際、放送されたものもいくつか持ってるし。
てれすこは、掛からない理由がわからない、不思議な演目。

珍しい魚が獲れたが、誰も名前を知らない。
役人が魚の絵を高札に張り出し、名前を知るものがないか問うと、ある若者が「てれすこ」という名前だと名乗り出る。
誰も知らない名前だが、言ったもん勝ち。見事懸賞金10両をゲットする若者。
奉行が一計を案じ、魚を干物にしたうえ再度張り出すと、同じ男がやってきて「すてれんきょう」だと申し出る。おのれ嘘つきめとお縄にされ、死罪を命じられる。
イカとスルメとの違いを遺言で伝えることで男は助かるのであるが、松喬師、この噺のさらに先を続けていた。
まったく聴いたことがないので、この部分自作だろうか。
Wikipediaによると、橘ノ圓都が長崎を舞台にしていたようで、松喬師もそれを引き継いでいる。あるいはすでに、圓都がそうしていた展開なのか。
ちなみに、すてれんきょうという言葉は出てくるが、劇中では松喬師、「すてれんぎょ」と言っている。ステレン魚ね。

そしてこの噺、地噺だ。
東京で活躍している笑福亭鶴光師は地噺を得意にしているが、他の上方落語家から地噺はそれほど聴いたことがない。
紀州は聴くかな。いずれにしてもさむらいの噺。
まあ、笑いの点からすると、地噺はどうしても地味だから。
だが松喬師、地噺を笑いたっぷりに演じるのではなく、わりと淡々と進める。
語りのテンションを低めにすると、そこの位置で噺が安定してくる。いったん安定すると、数少ないクスグリでもって、十分に楽しくなる。
もちろん、何を語っても冗談がそこに漂うので楽しいという、松喬師ならでは個性はそこにある。もっとトーンを下に下げても落語として成り立つけれども、そこまで下げはしない。
東京には地噺以外でも結構あるスタイルだけども、上方でお見かけすることは少ない気がする。
上方では東京に比べて、笑いを即物的に求める傾向が強いとされている。
まあ実際、枝雀なんて人がいたのを見ればその通りなのだろうけど、実際に成功している人の技を見れば、東西においてさして違いなどないことがよくわかるではないか。
上手い人は上手いし、逆もしかり。上手さの質はさして変わらない。
この噺のように見台を出さない場合ならなおさら。見台はパンと叩く台。

地噺ならではのギャグは、親子で優れた人を褒める際に、「蛙の子は蛙」と言っちゃダメですよというもの。「親子鷹」というのが正しい。
そして、当代米團治、当代正蔵といった二世噺家をギャグにする。
といっても、実に穏やかなギャグだ。「親子だっか?」と疑問文にしちゃいけませんよという。もっとキツいことを言う人はたくさんいますが。
親子鷹が出てくるのは、この噺に出てくる長崎奉行が、ご存じ遠山の金さんの父だからである。
遠山景晋という、長崎奉行を務めた実在の人。だから噺の舞台も長崎だ。
長崎奉行を務めた後、江戸に帰着して勘定奉行等に昇格するのだが、そのエピソードも盛り込んである。

松喬師、「てれすこ」が「テレスコープ」から、「すてれんきょう」が「ステレン鏡」から来ていることまで、噺のセリフの中で説明してくれる。ステレンは星のこと。

というわけで、珍しい噺を楽しく語る松喬師にいたく感服した次第。

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作成者: でっち定吉

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