落語のフレーズを唱えてみよう(その3)

三十石/鹿政談

鹿政談

先日、落語のフレーズを唱えてみよう(続)
という記事を書いた。
噺本編に出てくるフレーズの特集である。だが、噺に付属のマクラの中にもフレーズはたくさんある。
アップした後で、最も取り上げたかった大事なフレーズを忘れていたことに気づいた。もともと、これを取り上げようと、4年越しで書いた記事だったのだが。

武士 鰹 大名小路 広小路 茶店 紫 火消 錦絵 火事に喧嘩に中っ腹 伊勢屋稲荷に犬の糞

「鹿政談」のマクラで唱えるフレーズである。江戸名物。
これを覚えたので、たまに唱えて悦に入っている。
「広小路」は「生鰯」でやる場合もあるのだが、「大名小路広小路」と続けて唱えるのが私の好み。

鹿政談の場合は、京都名物、奈良名物を取り上げる前フリなので、この江戸名物はサラッと唱えるもの。でも、京都名物、奈良名物よりこっちのほうが耳に残る。
奈良名物は、「町の早起き」だけ客に伝わればいいので。
他に「祇園祭」でも使うかな。
二番煎じでも使うとある。そうだったかもしれない。火事が入っているから夜回りに続けやすい。
江戸名物、ほぼ意味はわかるが、「中っ腹」(ちゅうっぱら)以降がややわかりにくい。
中っ腹は威勢がいい江戸っ子のさまのことだそうだ。
ただ私は、「少食」の意味だと理解していた。田舎もんのように、腹をいっぱいにしないのが粋な江戸っ子の正しい姿なのである。
現代でも料理人など、まかないで満腹になるべきではないのが美徳だとされている。はずだ。
これも確かに江戸っ子気質なのだが、「中っ腹」自体に二つの意味が同時に成り立ったりするのだろうか? よくわからない。
伊勢屋稲荷に犬の糞は、やたらと多いもののたとえ。落語では大店といえばまず伊勢屋。そして質屋である場合も多い。
「伊勢屋さんの婚礼(弔い)に行く」なんてのは、長短やら、松竹梅やら、のめるやらによく出てくる。

青菜

春風亭一之輔師が毎日やってる配信で「青菜」を出していた(予想的中)が、このマクラにもフレーズがある。

庭に水 新し畳 伊予すだれ すきやちぢみに 色白のたぼ

江戸時代の文化人、蜀山人こと太田南畝の狂歌。
門人が「先生、涼しげなものとはなんでしょう」と問うと、蜀山人がすらすら数え上げるということになっている。

すきやちぢみは、「透綾縮」と書く。
「たぼ」は「髱」。日本髪の背中に張り出した部分を言うそうな。なるほど、色白の襟足の上に張り出す髱は涼しそうだ。

この対極、暑苦しいものも登場する。

西日射す 九尺二間に太っちょの 背なで子が泣く飯が焦げつく

青菜は今の時季にぴったりの噺だが、今年は配信以外の出番があるかどうか。

悋気の独楽・権助提灯

悋気を扱った噺がある。りんき。嫉妬のこと。
悋気の独楽や権助提灯はまあまあ出る噺だが、他には「悋気の火の玉」なんてのもある。

悋気の噺、マクラの最初のフレーズが、次のもの。

悋気は女の慎むところ、疝気は男の苦しむところ

疝気は男の病気である。疝気の虫なんて落語があるが。

それからさらにフレーズが続く。狂歌である。

やきもちは遠火に焼けよ焼く人の胸も焦がさず味わいもよし

ちなみに、噺本編に入ってから、定吉(悋気の独楽)や飯炊きの権助(権助提灯)が旦那に向かって言うざれ歌がこちら。

歳をとっても浮気はやまぬ やまぬはずだよ先がない

これ、やたら好きです。

疝気からの連想で思い出したフレーズがある。疝気イコール性病ではないのだが、性病による疝気も普通であった。
廓噺のマクラに出てくるもの。

うぬぼれとかさっ気のない奴はいない

かさっ気は「瘡っ気」で、梅毒のこと。

ちなみに、「横根」ってご存じ? よこね。
鼠蹊部のリンパ節が炎症を起こすことである。
幸い性病に掛かったことはなく、このワード、まったくピンと来なかった。だが、あるときスネの皮膚炎に掛かって、ひどい状態に陥った。
このときに「横根」を味わい、太ももが傷んだ。なるほど横根とは見事な用語だと思ったものだ。

廓噺は私も大好きだが、実際の廓は男も女も性病まみれだったわけで、恐ろしいったらありゃしない。文七元結の、佐野槌のおかみが解説してくれている。
まあ、濃厚接触が怖いのは今も一緒ですね。

長島の満月/青菜

作成者: でっち定吉

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