落語のアホバカ「鷺とり」編

先に、落語最強のアホは「天狗さし」の主人公だと書いた
今回は、それにも劣らないアホとそのアホが活躍する噺について。

上方落語「鷺とり」の主人公は名なしのアホである。
この主人公は、思考回路が常人とちょいと異なるが、「頭の働きが鈍い」という種類のアホではない。
こう書くとおなじみの「喜六」と似ている気がするが、喜六が常にアホの皮をかぶっているのとはやはり違う。
「鷺とり」の主人公、ブラブラはしているが、商売のネタをいろいろ考えてはいるのである。発想が豊かであり、「トライアル&エラー」を実践している。ひょっとすると賢い。
性格や行動、それから仕事をしろとたしなめられている状況は、「道具屋」の与太郎とよく似ている。ちなみに「道具屋」の与太郎は、もっとも賢い与太郎です。

この、かしこアホがまず考えたのが「雀とり」。

  • みりんの搾りかす「こぼれ梅」を大勢の雀に食わせ、酔っぱらったところに、枕になる南京豆をばらまいて寝かせる。寝たところをほうきでかき集める。

なんという画期的なアイディア。主人公もすごいが、噺を考えた人はさらにすごい。
雀が警戒してこぼれ梅を食べてくれないこともちゃんと(?)計算に入れている。
警戒する雀たちを焚き付けるのが、鉄火な「江戸っ子雀」だ。豆絞りを肩にかけ、べらんめえ口調で大阪雀の向こうを張って、贅六はいけねえ、俺が手本を見せてやらあと先にこぼれ梅を試す。

この場面が大好きだ。上方の噺家さんが江戸っ子口調になると、客席は大喜び。
東京の寄席でやる「鷺とり」では、この場面が逆転していて、調子のいい大阪雀が最初にこぼれ梅を食べに行くことになっている。
ちょっと違うなあと思っている。「浪速っ子の考える江戸っ子」がステレオタイプであるがゆえに笑えるのに比べて、「江戸前の向こうを張る浪速っ子」というのが聴き手のイメージにないからだ。
東京では、もっと工夫のしようがあると思うのだが、どうでしょう。例えばですが。

  • 「役者の雀」が、芝居口調で見栄を切りながらこぼれ梅を試す
  • 「幡随院長兵衛手下の雀」が、待ちねえ待ちねえと他の雀を止めて、自らがこぼれ梅を試す
  • 「スリの雀」が目にも止まらぬ早業でこぼれ梅を拾う

噺のほうはこのあと、「鶯とり」「かっぱ釣り」を挟んだりする。これも面白いが、発想の飛躍において「雀とり」にはかなわない。

雀とりに失敗した男、今度は鷺とりにチャレンジする。

  • 「さあぎい~」と鷺を遠くから呼び、だんだん近づいていくのと反対に、声はだんだんと小さくしていき、「どうやら遠くに行ったらしい」と安心した鷺を捕まえる

このアイディアもすごい。「遠いものは音が小さい」という、物理学の一般法則を裏切ったところに成立しているアイディアだ。アホは偉い。
「新作落語」が往々にして古典に勝てないのはひとつに、古典落語が昔から実装している「発想の飛躍」を、ゼロベースで作れないところがあるためだ。
私は、三遊亭白鳥師は優れた新作落語メーカーであるとともに、「落語」芸能全般を未来につなぐ匠だと思っている。古典落語の持つジャンプ力を、師は新作で再現してしまうから。

ちなみに、「鷺とり」には構成の穴がある。
落語に限らず物語はなんでもそうだが、ひとつの物語内での世界観は一定しているべきである。
この噺、前半の雀妄想ワールドは、あくまでも男の妄想としていったん完結する。そうすると、「鷺とり」という噺は「動物が人間のようには行動しない」という世界観が規定されるわけだ。
しかし、後半の鷺とりの場面になると、鷺が実際に人間のように考え行動している。世界観が変わってしまうのはよろしくない。
「あくまでも人間に例えたら、鷺の会話はこういうことだ」と断っておく演出の仕方も確かあったはずだが、それはひとえに、世界観の不統一をなくすのが目的。
ただ、穴開きではあるが、噺のパワーがその穴を軽く埋めてしまってもいる。上方落語には矛盾をいとわない噺が結構あると思う。「小倉船」とか。

運よくつかまえた鷺たちが目を覚まして、男は空を飛ぶ羽目になり、ようやく五重の塔のてっぺんにつかまって難を逃れる。
このシーン、情景描写が素晴らしい。これはアホとは関係ない。
「あ、お日イさん登ってきた。あれは生駒の山か。ということは大阪やな、安心した。石の鳥居ゆうたら天王寺さんで・・・天王寺さんならうちから近いな、助かったな。天王寺さんにしたら五重の塔があるはずやな・・・あれが本堂で、金堂で・・・(どこにいるか気づく)」

You Tube にアップされているのは、桂枝雀のものばかりだ。枝雀もいいが、同じ米朝一門の、桂吉朝のものは上質なジャズスタンダードのようで素晴らしいと思います。
どちらも故人。

作成者: でっち定吉

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