地名の付いた落語

先日中学生の息子と一緒に、品川遊郭の残り香を求めて彼の地を散策してみた。
なかなか面白かった。東海道を犬に吠えられながら逃げ帰る、死に損ないの金蔵に思いを馳せつつ。
東海道は海沿いの道だが、現在では海ははるか沖合いまで埋め立てられている。しかし当然ながら当時の海岸線に段差がある。
江戸時代の目黒川河口である、品川浦船溜まりなど、そのつもりで見ると実に面白い。
落語と地形に興味がなければ、ただ通り過ぎるだけの土地だけど。
ちなみに、落語ファンなら「東海道」を冒頭高で読んでみたい。家族に嫌がられるかもしれないが。

目的は息子の宿題のためであるが、当ブログでも追って取り上げるかもしれない。
私はこれから先、街歩きを趣味にしようと思っている。
吉原も近いうちに散策しようと考えています。
なぜかうちの坊主、寄席その他で廓噺をやたらと聴いているのだ。廓噺を聴かせたくなる顔をしているのか。

品川は宿場の名前。品川駅は品川ではない。住所も港区だ。
宿場は歩行新宿(かちしんしゅく)、北品川、南品川と3つに分かれる。
駅でいうと京急の北品川から新馬場、青物横丁あたりまで。
この品川宿が舞台の二大落語といえば、「品川心中」と「居残り佐平次」。いずれも舞台は歩行新宿。
うちの息子も、喬太郎師の「居残り佐平次」を池袋で聴いた。いい思い出のようである。

さて品川といえば心中だし、目黒といえばさんまである。
そして王子といえば狐。
ふと思ったのだが、地名のついた落語というのはそこそこあるものだ。
他にどんなものがあったか、探してみることにする。

おとといドカンボコンの出てくる噺の例として挙げたのが「辰巳の辻占」。
辰巳は方角を表す地名で、江戸の南東である。
今では大きなプールのある江東区の埋立地のことであるが、江戸時代は海だからもちろんここではない。
深川(これも範囲が広い地名)のことだ。
子丑寅卯と来れば、子が12時の方角、卯が3時。
その次の辰巳というのは、4時半の方角であり、つまり南東。
深川八幡宮と永代寺の前が岡場所であり、舞台はこのあたり。

「芸は売っても色は売らない心意気」の辰巳芸者は時代物にもよく出てくるが、でも辰巳の辻占に出てくる女は遊女。
芸者のほうが格が高かったとされる。
芸者の名前は「○吉」など男名前だが、遊女はそうでもないようで。
もっともWikipediaの「辰巳芸者」の項も芸者と遊女両方について書いてあって、今ひとつよくわからないのだが。
とにかく、深川は江戸市中ではあったものの川向うのため、空気が違ったようだ。
そんな空気は落語にも流れている。

芝浜というのも、芝の浜だから、地名。
高輪ゲートウェイの駅名候補の際に上がっていたが、駅の名前になぞならなくて本当によかった。
残念がっている人は、京急「北品川」駅を「品川心中」駅に改名する運動でもしてください。
しかしよく考えると、変なタイトル。
東京の落語は演題の付けっぱなしが多いのだが、「芝浜」ではさすがになにも語っていない。文芸的ではあるが。
三題噺であり、お題の一つが「芝の浜」だったという。そこから来ているのかどうか。
歌舞伎では「芝浜革財布」になる。芝居らしいタイトル。
東京の人情噺は結構上方に移植されているが、そういえば芝浜が上方落語になったのは聴いたことがないなと思った。
実はしっかりあって、桂雀三郎師や弟子の雀太師が、「夢の革財布」としてやるらしい。

「愛宕山」ももちろん地名というか山の名前。京都市右京区。
落語ファンの聖地かもしれない。一度行かないと。
今気づいたのだが、上方落語のタイトルにしては、ずいぶんとあっさりしている。
一見、「土器(かわらけ)投げ」とかになりそうだが。
東京でも愛宕山だが、舞台は同じく京都。虎ノ門ヒルズのそばにある小高い山のことではない。

「阿弥陀池」も地名のみのタイトルだが、こちらは一応、ダブルミーニングになっている。
へえ、阿弥陀が行けと言いました。
大阪市西区北堀江の「和光寺」。現在はここの西を通る通りが「あみだ池筋」。
東京では「新聞記事」という噺になるが、阿弥陀様に関するくだりはばっさりカットされている。

もうひとつ、上方落語で「池田の猪買い」。
池田はアクセントが冒頭高でとても珍しい。関西人のナチュラルな発音では、真ん中の「ケ」が高くなるものだ。
堀井憲一郎師は、落語の舞台に沿って池田まで歩いてみたそうで。喜六になって。
この人は東海道も日数を掛け、実際に歩いてみたという。そうすることで、江戸時代の旅の気分がわかったという。
観光地があっても、いったん歩きだすと止まりたくなくなるんだと。

今日は字数もそこそこ足りたので、このぐらいで。
ただ、地名のついた落語というものは意外と多くない印象。より普遍性を求める性質によるものか。

作成者: でっち定吉

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