神田連雀亭昼席(中・柳家小んぶ「たいこ腹」)

竹千代さんは登場してすぐ、「耳潰れつながりです」だって。
弁橋さんは左の耳が、竹千代さんは右の耳が柔道で潰れている。気づきませんでした?って。
あんまり人の耳を見る習慣がなくて気づかなかった。枝野さんの福耳ならともかく。
なかなか盛況な客席を見て、今の浅草の夜席(師匠・竹丸の芝居)なんて10人そこそこだと。なぜか小さい席のほうが、以前にも増してにぎやかですと。
今日は古代史落語をやるのだそうだ。いいですね。
先週聴いた「鰻屋」のように普通の古典落語も面白い竹千代さん。だが明治の大学院で古代史を研究していた人で、自作の古代史落語が売り物だ。これもまた、二刀流の一種か。
私は古代史落語、一度しか聴いたことがないので嬉しい。

師匠・竹丸は、石田三成や西郷隆盛について、地噺にして語る。
それと同じ方法論であるが、素材は神話の時代。
天皇家の噺といっても、私は右翼ではありませんと断って。

宮崎にいた神武天皇の、神武東征の話。
潮が向いたので、夜明け前に船に乗って畿内目指す一行であるが、これが日向市美々津町においては「起きよ祭り」として伝承されているとか。
そして船の話から、竹千代さん自身がかつて仕事で乗った日本丸の話に脱線。地噺だから。
しかしこの話は「船」だけでなく、日本丸の寄港地である熊野にも掛かっているのである。見事な作り。
熊野も、神武東征のルートだからだ。
東、つまり太陽の方角を直接目指すと神の怒りに触れるというので、大回りをしていくのである。

落語というもの、教養を盛り込むと楽しくなるのだ。
この竹千代さんの噺は、全編にわたる教養の塊。それは楽しい。
さすがに神武東征にそれほどなじみがあるわけでないので、聴いた端から忘れてしまうのだが、それでもいいじゃないか。
でも、神武天皇を助けるタカクラジぐらいは聴いたことがある。
ヤタガラスについても、適度な脱線で楽しく解説。この3本足のカラスが、なぜサッカー協会のマスコットに使われているかなど。
竹千代さん、よく古代史講座をやっているようだ。そちらのほうも聴いてみたい。

続いて、今月初めて聴いたばかりの柳家小んぶさん。背が高いので連雀亭の低い天井が窮屈そうだ。
連雀亭昼席に初めて来たもので、90分の時間を4人でどう割り振るのかがわからなかった。
先の二人はそれぞれ20分強使って、残り時間は47分ぐらい。
それをさらに二人で割り振るのかなと思ったら、小んぶさんは15分程度しか使わない。
つまり、ご本人は「ヒザ」だという認識なのだろう。ずっと後輩のトリを立てるのだ。
寄席の作法は、連雀亭にもしっかりあるのだ。

いきなり大ネタ、臆病源兵衛から聴いた小んぶさんだが、この日はごく軽い、たいこ腹。
そしてこの噺、自分で徹底的に作り直していることがうかがえる。兄弟子・喬太郎師のものより、ひょっとして面白いんじゃないかと。
さすがに、高座そのものの評価ではなく、たいこ腹のテキストとしての比較だけど。
でも、高座そのもののレベルも相当に高かった。

古典落語に現代ギャグを入れ込んで演じるのは、今や普通のこと。だが、多用すると世界を壊す。
両刃の剣でもあるのだ。現代ギャグを入れる人は、いずれも細心の注意を払っているものだ。
だが中には、古典落語に、古典っぽいクスグリを入れ直す人がいる。小んぶさんもそのひとりのようだ。
古典の世界とマッチしているのに、そのギャグ自体は聴いたことがなくてとても新鮮なのだ。
若旦那は退屈過ぎて、いろいろな遊びをしている。駅前の小便小僧の放水を止め、赤い水を流してやって血尿。ビー玉を転がして、尿管結石。
それから自作の病気に関する句をばらまいて、読んで取らせるカルテ取りとか。
こんなクスグリ、もちろん自分で作ったのだろうけど、昭和30年代の落語に入ってそうじゃないか。
どうしてやたらと病気に着目するのかわからないが、鍼と一応関連はある。

鍼を縦に打って、たてうちまりや、横に打って横内正なんて言ってたな。これらになるともう、一八が思わずくしゃみをして「飛沫が飛ぶじゃないか」と同様の現代ギャグだが。
現代ギャグを盛り込む頃は、すでに客は楽しい噺に引き付けられているので、なんの問題もなし。
そして本人が強調したいところ以外はかなり省略しており、メリハリ利いたスピーディな展開。
編集力が大変高い人だ。

サゲも変えていたが、忘れた。新作落語と同様、忘れて別にいいと思う。
この日もっとも手短な一席に圧倒された。

続きます。

 

作成者: でっち定吉

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