鈴本演芸場5 その2(台所おさん「真田小僧」)

崇徳院・悋気の火の玉

続いて浅草(弟子のたけ平師のヒザ前)と掛け持ちの正蔵師。私は久々である。
噺家の職業病だが、ヒザを悪くしたそうで、あいびき付き。柔らかい素材をくるんだものだと言っていた。
楽屋で権太楼師に、どうしたのと言われた。爆笑モノマネ付き。
グルコサミンがいいよと言われていろいろ試してみて、ひとつ体に合いそうなものが見つかった。
また楽屋で権太楼師に会ってその話をしようとしたら、「効かないだろ」。

悋気の話。このマクラを振ると、「権助提灯」か「悋気の独楽」というのが普通。
だが、やや珍しめの悋気の火の玉だった。夏よりも、肌寒いこんな時季に向いた噺なのだろう。
根岸の自宅のそば、鶯谷になぜラブホテルが多いか。それはもともとこのあたりに庭の広い妾宅が多く、ホテルの建設に容易だったからなのだと。
師も少年時代に遊んでいて野球のボールを誤って放り込んだりしながら、「あそこはお妾さんのうちだよ」と言われて育ったという。
悋気の火の玉も好きな噺だが、なかなか出ない。難しいからなのだろうか。
かみさんと妾の火の玉でもってたばこを付ける楽しいシーン、なんだか急展開過ぎるのではないかな。日常世界における商家の「悋気」を扱っているのに、後半いきなり超常現象の火の玉対決になってしまう。いくら落語とはいえ。
だが正蔵師、この少々不自然な展開を実にスムーズに処理する。噺の世界に迫りきらないので、遊びが大きく、段差をスムーズに乗り越えられるのだ。
そして、妾の火の玉に優しく語り掛ける旦那に、どこか人情が漂う。噺に迫りきらないために、勝手にこんなものまで出てくる。
さらに正蔵師、おかみさんの「フン」が実に自然。噺の重要なアクセントだからしっかり入れる必要のあるセリフだけど、うっかりすると「フン」でもって高座と客との間に断絶が生じかねない。
だが、かみさんの内面まで映し出す、さりげなく見事な「フン」でありました。

落語協会副会長の正蔵師、いよいよ腕を上げてるよなあと、変な上目線ではなく、しみじみ実感する。
そして貫禄が備わっている。いい弟子も多いし。
師に対する評価が「こぶ平」のまま止まってしまっている人は哀れだと思う。
「やっぱり嫌い」は別に構わない。だが、嫌いな材料は、現在の高座に求めるべきで。

めおと楽団ジキジキも、よく観察するとほぼアドリブで舞台を務めているのがよくわかる。
ミニアコーディオンが出ていたけど使わなかった。

続いて「おうまのおやこ」の出囃子に乗って台所おさん師。花緑師の年上の惣領弟子。
最近寄席の顔付けが多いようで、いよいよ売れっ子モードに入っているみたい。
弟弟子たちにいつもネタにされている、落語界でも屈指の変人だが、見事に変態落語を作り上げてしまったから立派。
花緑師のユニークな弟子たちも、おさん師の変態性にはまだまだ及ばない。
変態は失礼か。
では、どうぶつ落語。あるいは野生落語。
おさん師は登場からすでに怪しさ全開。しかし、落語ファンに身近な怪しさである。
演目は寄席の定番、真田小僧。前座から真打まで、みんな掛ける噺。
私としては、飽きた噺のベストスリーに入る噺。あとのふたつは、「元犬」と、今日も出た「転失気」。
しかも真田小僧、カチッとでき上がり過ぎていて、いじる余地にも乏しい。
だが、もうなんの演目だろうがまったく気にならなかったからすごい。
変態の子供である金坊が、やや変態の親父を手玉に取る、そんな噺になっている。あくまでイメージですが。
ストーリーやクスグリを改変しているわけではないのだ。そんな、頭でこしらえた面白さじゃない。
セリフ回しがどう、所作がどうなんていうのではなく、見事な総合変態芸能がそこにある。
高座に映し出された変態ぶりを、ちゃんと脇から客観的に眺める人間おさんがいるということだ。「天然」の面白さというものは、徹底して作り込んだところにしか存在し得ないと思う。
頭でこしらえた噺でないとしても、こしらえる努力は大変で、そして結実している。
いや、実に面白かったです。
おさん師匠、10年経ったら還暦か。どんな還暦になっているか実に楽しみ。
変態還暦かもしれない。

続きます。

 

作成者: でっち定吉

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