鈴本演芸場5 その3(橘家圓太郎「棒鱈」)

仲入りは圓太郎師。寄席でもって実に頼りになる師匠。
私は池袋でお見掛けすることが多い。

米大統領選を報じるテレビを視ていて、「大統領」という言葉の由来を知ったという圓太郎師。
初代市川左團次は明治座のオーナーだったので、後を継いだ二代目市川左團次は大金持ち。それで明治時代には珍しく洋行して芝居を学んだ。
その時代、プレジデントの和訳として「大統領」という言葉が生まれた。新しい言葉を、洋行帰りの左團次に掛ける客がいたために、芝居の世界に「いよっ、大統領」という言葉が生まれたのだと。
テレビにかこつけてるが、師匠は先刻ご存じなんでしょうけどね。私は知らなかった。

そんな楽しいマクラから棒鱈へ。あれ、つながってない気がするな。
でも、私の好きな棒鱈、どの演者ものきなみ酒のマクラから入るのを、ちょっと違うなと思っていたので、なんだかいい気持。
棒鱈は仲入り向けと思うがそうそう聴けなくて嬉しい。息子も棒鱈、大好きなのだ。
「赤べろべろ」「えぼえぼ坊主」、それから「にいがち、にがちはてんてーこてん」であり、「琉球へ、おじゃるなら、わらじ履いておじゃれ」である。楽しい楽しいフレーズの宝庫。

もう4年前になるが、旧Yahoo!ブログ時代にこの演目について書いたものだ。
この記事を書いた際に、圓太郎師の棒鱈も参照しているのだが、具体的に触れた形跡が薄い。記憶が薄いのだが、当時聴いた内容自体にはそれほど惹かれなかったのかもしれない。
だが、円熟の圓太郎師からこの日聴いた棒鱈には、心底しびれました。
当時入っていた「故障」の事前説明もない。これはいらない。

棒鱈という噺は、明治時代、新政府に対する反感により生まれた噺なのだろう。
だが、現代においては田舎侍をおいしく味わう噺だと、私はそう思っている。薩摩なまりの田舎侍を上から嗤う根拠を、現代のわれわれは持っていない。
だから、田舎侍は楽しくなくちゃいけない。むしろ町人よりこっちが主人公だと思うのだ。
そして圓太郎師の田舎侍、とても楽しい。この侍は、嫌いになろうとしても無理だ。この田舎侍だったら、たとえ鹿児島で掛けてもウケそうな気がするのだけど。
「お声を聴かせて」と頼まれた侍、いきなり「チェストー!」。シャレがややキツいのだ。
「モズのくちばし」と「12か月」、それから「琉球」を順に唄う侍。
たまらんですな。
侍の体を張ったギャグはボケとして自立しているので、「当たり前の唄ですね」というような芸者のツッコミは控えめである。
そして見逃せないことに、芸者はしっかり色気がある。
町人の側は、侍に対抗して都々逸をうなる。「明けの鐘、ぼんと鳴るころ三日月型の」ここで侍に場面を切り替えてしまう圓太郎師。
いい声なのだから最後まで都々逸歌いきってもいいのに。ここに圓太郎師の、どちらが主役なのかを明確にする意図を感じたのだが。あるいは単に中手をもらいたくないのか。
「人間の降ってくる天気でもアンメルシン」は入っていなかった。町人を一瞬でも謝らせないことにしたみたいだ。
実際、その後の「切って赤い血が出ねえなら取っかえてやる」の啖呵が見事。師の大工調べを思い出した。
といっても、主役扱いではないので、その分控えめだが。
このように、聴き手の解釈を刺激する数々のシーンに充ち溢れている。

兄貴分の寅さんは、覗いてやるという熊さんに一度だけ明確に声を荒げるが、それ以外はあまり酔っ払いの熊に逆らっていないのもちょっと斬新な造形。
寅さんは田舎から出てきて楽しみがほかにない田舎侍に、割と気持ちを移入しているところがあるらしい。だがやっぱり、野暮だなと思う気持ちもあるので、熊に同調もする。

料理人が胡椒の粉を振るシーンでもって、ちょっと脱線する圓太郎師。
鉄板焼きのカウンターにおける、気取った料理人の話。
俺の肉なんだからいつ食ったっていいはずなのに、ちょっと待てとかいいように支配しやがってと。
噺のほうの時間では、刃物が出ていてまさに一触即発のシーンなのに、地に返ってのんびり脱線。たまらんですな。

圓太郎師は酔っ払いも女も、田舎侍もみな上手い。そして、出てくる人すべてがみな楽しい。
あとちょっとのところでの脱線も見事な構成。
実に楽しい一席でした。今日のヒット。

仲入りを挟んでクイツキはニックス。お姉ちゃんがさらに太ったみたい。
「私たちのおじいちゃんが、ジョー・バイデンって言うんです」にセリフが替わっていた。
定番のフレーズ「そうでしたか」を、後半になると「言わない」というギャグは確か初めて。
スカートの裾を持って、そうでしたかのポーズだけするので、客がそうでしたかを脳内再生して笑うのである。
さすがニックス、引出しが多い。寄席の出番も多いわけだ。

続きます。

 

千葉棒鱈/新婚妄想曲

作成者: でっち定吉

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