鈴本演芸場5 その4(入船亭扇辰「甲府い」)

ヒザ前は三遊亭白鳥師。林家彦いち師との交互。
白鳥師、ずいぶん痩せたのでは。
トリの扇辰師は、江戸っ子に見えるけど私と同じ新潟ですと。
たい平師の代バネで、客のおばちゃんの行為によりサゲ前に緞帳が下りてしまうという話。
師がよく語るウソ話。
白鳥師は新作なので、ヒザ前でもそれほどトリに気を遣う必要はない。軽い噺をやればいい。
マクラで話していた代バネのときに出したという、これがそもそもウソだが、「アジアそば」へ。
アジアそばというタイトルは変だよな。師自身は「インド人のそば屋の噺」と断っているのに。
途中、富士そばのメニューをいじるくだりがある。ふぐの唐揚げが入ったメニューが、格安だったと。
これ以上は言わないと変にスリリングな白鳥師。
実にくだらない噺がヒザ前に最適。
ちなみにこの日のTVK、「浅草お茶の間寄席」でもアジアそばが出ていた。

紙切りは二楽師の代演で正楽師。
大統領選のお題で、勝ったバイデンに頭を下げるトランプ。

3時間の夜席、あっという間のトリ。入船亭扇辰師。
金公がてめえふざけるなと、商売物のおからを盗み食いする男を殴っている。ということは、人情噺の「甲府い」。
扇辰師のもの、落語研究会で聴いたことはある。

甲府いは、とにかくいい噺。登場人物がみな善人。悪い奴はスリだけ。
甲州から出てきた善吉が豆腐屋に奉公し、客に好かれて成功し、婿入りまでする。休みを取って国に一度帰って身延に願ほどきに出向くという、ただそれだけの噺。
ドラマティックな展開が隠れているわけでもなんでもない。だが、とても人を幸せにする一席。
ストーリーが重要でない分、聴き飽きることは一切ないだろう。

地味で平板になりそうなこの噺に、穏やかに、だがしっかりと無数のアクセントを加える扇辰師。
アクセントをつけすぎるのではなく、目的はあくまでも、じっくりこのいい噺を語り込むためだが。
この師匠らしく、顔は実によく動かす。
豆腐の売り声は、なんとまあ、たっぷりエコー入りでやる。でも、「クサイ」んじゃないのだ。実にいい声。
豆腐屋の主人は義侠心に富む人だが、単純だ。ひとり娘のお花を奉公人になった善公に沿わせたいが、かみさんに人がなんというか訊かなきゃとたしなめられ、いきなり善公に向かって逆上している。
扇辰師の描く登場人物というのは、「バカカッコいい」人が多いと思う。野ざらしの八っつぁんなんか典型例だが、この豆腐屋もそう。

「先々の時計になれや小商人」というフレーズが入っている。
聴きながら、春風亭百栄師の「露出さん」における「先々の時計になれや露出狂」を突然思い出した。
いろんな落語に入っていそうな元フレーズなのだが、結局この「甲府い」から取ってるんじゃないのかなと。
まあ、露出さんのことはよろしい。

サゲでけっこう笑いが上がっていた。そんなにみんな知ってる噺じゃないということだな。
でもこのサゲ、別に笑いはなくて全然いい。
扇辰師のいい声でもって、余韻をじんわり残して終わるのである。

やっぱり扇辰師はいい。もっと聴きたいものだ。
ツイッターを見ると、薄い客席のわりにはツイッター民が多かったようである。皆さんご満足されたようで。
ツイッターから知った、扇辰師のこの芝居の演目。

1日:匙加減
2日:井戸の茶碗
3日:藪入り
4日:雪とん
5日:蒟蒻問答
6日:五人廻し
7日:二番煎じ
8日:甲府い
9日:紫檀楼古木
10日:徂徠豆腐

紫檀楼古木っていうのは大ネタじゃないのだが、トリでもやるのですな。
聴いてみたいのは二番煎じ。想像だが、きっと徂徠豆腐と同様、寒さを入念に描くのでしょう。
扇辰師はとても季節感のある噺家だ。
今回出さなかったトリネタというと、他に「鰍沢」「竹の水仙」「ねずみ」「三井の大黒」「団子坂奇談」などがあるはず。

家族揃って大満足の鈴本でした。
外に出ると雨だったので、隣の酒悦前の入口から地下に潜り、上野駅から帰った。

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作成者: でっち定吉

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