神田連雀亭ワンコイン寄席29(下・橘家文吾「明烏」)

トリの橘家文吾さん、登場して自分の着物を無言で指差す。
つい先ほどまで、小はぜさんが着ていたものだ。
「どこかで見たような着物で失礼します」
マクラを振らず早々と明烏へ。20分じゃできないので、10分オーバーしていた。
明烏ね。
決して嫌いな噺じゃないけど、最近実によく遭遇するもので。なにしろ、二ツ目が好んで掛けるのだ。
廓噺にしてはずいぶんと人気の演目。女性に嫌がられないんだろう。
黒門亭で聴いた文吾さんの「磯の鮑」なんてなかなかよかったなあと一瞬思った。
明烏かよと思ったのだが、すばらしいデキでした。500円で、こんなのを含め3席聴けるなんて嬉しい限り。
水曜の欲求不満も軽く取り返したのであった。

落語界でも一二を争う美声の文吾さんにはピッタリの噺ではある。
ちなみに、同じ声質を持つ柳家緑君さんからも、明烏を2回聴いた。

よく遭遇する明烏、聴くにあたって私はふたつほどテーマを持っている。

  • 若旦那がただの子供として描かれてはいないか
  • 「源兵衛」と「太助」のふたりが描き分けられているか

似たものどうしの源兵衛と太助、描き分けなきゃダメなのかという命題自体、私の中で決着していない。それはさておき、描き分けが見事だとつくづく感心する。
この点、文吾さんは完璧。
太助のセリフを冒頭、若旦那を待つシーンだけに限定し、あとは声を出させない。
太助が、大門で縛られる吉原の法を語りだすまで、注意深くそのまま持っていく。ほとんどのシーンは源兵衛が前に出るので、混乱するシーンはほぼない。
甘納豆を食っていて、梯子段を落っこちるのは太助のほう。最後までわかりやすい。

それから、若旦那の造形。
この噺の若旦那、時次郎は世間知らずで純朴だが、ただ幼く描いてしまうと、やや辟易する。
文吾さんも、お祭りで太鼓を叩き、おこわをたっぷり食べて帰ってくる若旦那を幼くは描くが、あまりこの人物に迫っていかない。
若旦那の内面には決して向かわず、あくまでも外形から捉えるのである。
だから一夜にして花魁にハマる若旦那について、実は女好きの隠れた一面があらわになったのだろうと解釈できる。急に人物が180度変わったわけではなくて。
「あなたがたは町内の札付きで」のくだりも、世間知らずの若旦那がつい喋ってしまったというより、本気で警戒しているので予防線を張っているように聞こえる。

そして文吾さん、ギャグには走らない。
部分部分を丁寧に描いているので、自然と楽しさがにじみ出てくる。
まだまだ、クスグリを減らせるんじゃないか、減らすつもりじゃないかなんて思ったぐらい。
まったく入れごとをしたくないというわけでもないようで、「しっかりしているようで抜けている」小はぜさんの名前を強引に噺の中に入れていた。
ギャグらしいギャグは、ここがどこなのかようやく気付いた若旦那が絶叫するくだりぐらいか。
飛沫が飛びそうだが、この寄席にはアクリル板の仕切りがある。

さらにひとつ感心したのが、若旦那が家を出る前に一張羅に着替えさせてもらうくだり。
若旦那の母は、吉原に息子を行かせるのにいい顔はしない。セリフがないのが昔ふう。
そこに大旦那が、一張羅の若旦那を見て「お前の見立てがよかった」と夫人に声を掛けている。こんなところ意識したことなかったのだが、さりげなくいい場面。

文吾さんは廓噺がお好きなのだろうか。
いい声を活かして、この分野の第一人者になって欲しいものです。

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作成者: でっち定吉

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