その1「考え落ち」に戻る
今までちゃんと向き合ってこなかった、落語のオチ(サゲ)の、古くからある分類に改めて迫っている。
それにしても不思議なのは、落語初心者向けに「オチの分類」を解説しようという試みが実に多いこと。
「オチこそ落語の基本」・・・思い込みにもほどがあるのでは。
オチなんてものは、むしろ一番最後に到達すべきものという気がする。到達しないまま死んでも、別に後悔しないと思う。
まあこの記事だって、やがてはオチを調べたいという需要に引っかかるのかもしれない。だから文句言うものでもないけど。
芸術協会の公式にも、噺の一覧にオチ分類が書いてある。なんだか、「考え落ち」が多すぎるな。
スッと理解できるものまで「考え落ち」になっている。もちろん、これが間違いだなんて誰にも言えないものだが。
地口落ち
昔からあるオチの分類、続いて、地口落ち。
読み方は「じぐち」。言葉遊びです。恐れ入谷の鬼子母神。
地口落ちは、落語のオチの中でも下等とされる。
小噺ならいいのだろうか。「なんかようか」「九日十日」とか。
「雑俳」を聴けばわかるが、言葉遊びだってやりようによっては無限に高度になるのだけど。
三方一両損で「おおかあ食わねえ、たった越前」。これが典型的な地口落ち。
聴いてないのだが立川志の輔師が、この後に奉行・大岡様のセリフで、「それのどこがおもしろいのだ?」と入れたという。見事な批評精神。
「御慶」では、「ぎょけえったんだ」という八っつぁんに対して、「どこへ行ったんだ」と聞き違えて「恵方参りに行ったんだ」。これはあまりいいデキではない。
(※ 御慶は、「ぶっつけ落ち」に含めるほうがいいと思います)
「たがや」では、そのまま「たーがやー」。花火の玉屋のシャレ。
道灌や牛ほめ、転失気や元犬も地口だが、前座噺は別に気にならない。
三方一両損や御慶はともかく、たがやのほうは、侍の首が飛んで客の溜飲が下がるので、地口落ちでもスカッとする。
落語の分類は、聴き手の気持ちを無視して機械的に分けてしまうところがある点、よくないかも。
こういうところに魂を込めない分類に躍起になるようだと、分類自体を嫌がる向きも生じるかもしれない。
「崇徳院」の「(鏡が)割れても末に買わんとぞ思う」も地口。
だが、噺のテーマになっている元の歌をここで参照しているわけなので、案外と高度なオチに思うのだが。
「紫檀楼古木」のオチ、「羽織ゃ~着てるう~」も相当強引な地口。「ラオ屋~キセル~」のシャレ。
紫檀楼古木は狂歌の先生だから、もちろん言葉遊びこそ命。こうなると、地口もいよいよ高度なものである。
「たいこ腹」の「皮が破れて、なりませんでした」も、かなり高度。太鼓の「革が破れて鳴りません」を、幇間・一八の腹に掛けている。
高度な言葉遊びなのに、別に面白くはないという、少々残念なオチ。高度だからだ。
ちなみに、初めて聴く客の心理から迫ってみると、たいこ腹については昨日取り上げた「考え落ち」のほうがふさわしい気がする。
ああ、太鼓のことを言ってるんだなと気づくまでに時間が掛かる。微妙に難しい。
やはり、客の心理は既存の分類からは紐解けないのだ。
下等な地口落ちが、人情噺の大作に付いているとなると、心ざわつく人もいるかもしれない。
鰍沢と、刀屋に同じオチが付いている。筏の材木により命を救われたので、「お材木で助かった」。
刀屋については確かに、評判よくないと思う。だから作り替える人が多い。
いざ心中するぞという段になって唱えるお題目が、オチのフリ。唐突だ。
だが鰍沢については、今でもだいたいこのサゲなのではないか。作り替えたっていいのだけど。
鰍沢の場合、法華経は全編を覆い尽くす一大テーマだ。なにしろ、日蓮宗の総本山である身延へのお参りである。
南無妙法蓮華経のおかげで助かったというのは、テーマからまったくそれていない。これでいいのだと思う。
地口だからダメ、なのではなくて、その精神を読み解きたい。
入船亭扇辰師の得意ネタに、そういえば地口落ちが多いことに気づく。
「三方一両損」「鰍沢」「甲府い」「雪とん」「さじ加減」「紫檀楼古木」などなど。
別に地口を拠って持ちネタにしてるわけじゃないと思うが、面白いことである。
扇辰師のフィルターを通してみると、地口落ちはちっとも低レベルなんかではなくて、粋な江戸っ子がそこに見えてくる。
新作落語のほうでも、効果的な地口を思い出した。
柳家小ゑん師の「ぐつぐつ」。
「イカの足とタコの足、兄弟は兄弟でも、イボ兄弟だ」。そしてジングルとして「ぐつぐつ」。
噺自体のオチではない。細かいエピソードひとつひとつを、ジングルで強引に締めてしまう。
「ぐつぐつ」のセルフパロディである「ぐるんぐるん」は回転寿司の噺。
「今は秋、誰もいないウニ」「トロ遠方より来る」。そして「ぐるーんぐるーん」というジングル。
くだらない地口の、もっとも効果的な使い方かもしれない。
|