新宿末広亭2 その5(橘家文蔵「時そば」)

クイツキは二ツ目交互。この日はまもなく、九代目春風亭柳枝で真打昇進する正太郎さん。
マナーの悪い素人を例に挙げ、そこからスムーズに「故障」の説明に入る。
「故障」がサゲに来るのは、くしゃみ講釈と棒鱈だけ。仕込み落ちの説明を入れるなら棒鱈だ。入れる必要があるかないかは別にして。

棒鱈はつい先日も、鈴本で圓太郎師のものを聴いたばかりだが、実に落語らしい楽しい噺。
トリネタではないのだが、仲入りやこういうクイツキなどでぜひ聴きたいものだ。
正太郎さんの棒鱈は、さん喬師から? 左龍師のものにも似ているように思う。聴いたばかりの圓太郎師のものにも似ている。
悪い引っ掛かりを残さない、極めてスムーズ、軽い一席。若手の落語にありがちなつまづきはどこにもない。
変なギャグに頼らず、トータルで楽しめる落語。
この日の末広亭の空気にもマッチして見事。
田舎侍の歌は、「モズのくちばし」「十二月(てんてこてん)」と続いて、3つ目は「琉球」。
「琉球へおじゃるならわらじ履いておじゃれ」と歌うのが普通だが、正太郎さんは「おりゃる」「おりゃれ」と歌っていた。

ジキジキを挟んで三遊亭萬窓師。先月、末広亭の芸協の番組に名前があるのを見てオヤと思ったのだが、もちろん間違いで、円楽党交互の三遊亭萬橘師のことだった。
萬窓師も、池袋では聴かない。
落語好きのタクシー運転手と出会ったマクラ。このオチは落語好きなら推測できると思うが、もちろんそれでいいのだ。
タクシーから、江戸時代の交通手段、駕籠の話に。
駕籠かきと居眠りのマクラ。おや、珍しい。
このマクラから入るとなると、蔵前駕籠なのではないか。
現在私は、「オチの分類」という不定期連載をしている。まったく人気ないですが。
そこで「ぶっつけ落ち」の例として蔵前駕籠がピッタリなのではと書いたのだが、寄席でこの噺聴いたことがなかった。聴けてとても嬉しい。
季節感は濃厚にはない噺(夏でないことは確か)だが、この時季にぴったりだ。

萬窓師、志ん朝の影響が極めて強い。発声などそっくり。
そういえば先日金馬を襲名した金時師の高座からも、かつて同じ印象を持った。
偉大な志ん朝の直接的な影響も、どんどん減退してはいるだろうが、残るところには残っている。それも、表面的な類似でいうなら古今亭の外に。

幕末の物騒な状況で、吉原に向かう蔵前通りには追い剥ぎが出る。そんなときこそ出かけてモテたいと思う、馬鹿な江戸っ子。
むしろ、どんな状況でも楽しんでしまいたいという発想が根底にあるのだと私は思う。黒船来航時、小船を出して見学に行き、船員をからかっていた江戸っ子の姿が浮かぶ。
「女郎買いの決死隊」というフレーズは抜いていた。このフレーズのために噺全体を覚えそうなイメージすらあったが。
追い剥ぎが駕籠を開けるとふんどし姿の男がひとり。実に面白い画ではないか。

ヒザ前は橘家文蔵師。例によってふてぶてしく登場。
トリは扇辰師なので、私は本当にサラッとやりますと言っていきなり「そばーうーい」。
導入から大爆笑。
神経細やかな文蔵師は、ヒザ前ではトリを立て、本当にサラッとやるイメージがある。「手紙無筆」か「目薬」の印象。
実際、10月の池袋、小せん師のヒザ前では手紙無筆だった。末広亭では「からぬけ」も出すようだ。
文蔵師の時そばは爆笑の一席であり、ヒザ前で出すイメージはなかった。だが、非常に寒い日でもあり千秋楽、満を持してなのでしょうか。

文蔵師を聴くのは今年3席目。そして2度目の時そば。文蔵師の十八番なので、被っても全然イヤではない。
そして文蔵師らしく常に噺を動かし、固定化しない。
記憶にある時そばと細かいところが結構違う。持ちネタの少ない師であるが、同じ演目を聴いても常に楽しめる。

まったく声を張らない、小声の文蔵師。今年の1月に聴いたときは、こんなやり方はしていなかった。
実に小声で、耳を澄まさないと聴こえないぐらい。空調の音がゴーと聴こえる。
もちろん、このままのはずがないことはわかっている。

1周目のそば屋では、男がひたすら蕎麦を褒めまくる。
笑いはそれほどないけども、だからといって後で来る爆笑のため、我慢してじっくり待つという感じでもない。
幇間のような男、不自然なぐらいな褒めかたであって、それが実におかしい。
そして背景の、夜の寒さが目に見えてくる。

やはり、アホな男が真似をする2周目から声を張る文蔵師。
伏線をすべて回収する、爆笑時そば。
まずい蕎麦から「仁丹の味がする」そうだ。渋くて苦い。
時そばという噺、有名すぎてサゲはとうに割れてるし、今さらウケさせようとするのは難しそうだ。
だが文蔵師のものが大きく違うのは、大失敗する男のトホホ感を打ち出している部分であろう。災難に遭う噺なのだ。

続きます。

 

文七元結/時そば

作成者: でっち定吉

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