BS朝日「御法度落語おなじはなし寄席!」から その6

ちりとてちん/くっしゃみ講釈

今回第3回も、繰り返し何度も聴いた。それだけいいデキ。
スタンダードなよさに充ち溢れている。
改作のあやめ師のちりとてちんも、エッセンスを抽出するのに成功している分、多くの人により練られてスタンダード化したような錯覚を起こす。
単なる、登場人物を女に変えただけの改作ではない。
やっつけられるはずの生意気芸者が、結局旦那をやっつけてしまう展開に作り替える素晴らしいセンス。
あやめ師ご本人がアフタートークで語っていた通り、確かにこのほうが客にとって心地いいのである。
生意気な芸者、確かにイヤな雰囲気は出しているものの、ちょっとだけ。腐った豆腐を食わされようとする程度にはイヤな女であるが、十分に魅力的でもある。
なにしろ「知ったかぶり」ではなくて、ホラ吹き。女版弥次郎。
旦那に逆襲する権利を十分持っている人。

古典落語のちりとてちんが、「イヤな奴に嫌がらせをしてガッツポーズ」という噺ではないことが、改作の芯にちゃんと入っている。
そしてマクラ。ある東京の噺家の、ヨイショの達人振りを描く見事な小噺。
上方の噺家は、愛想はいいがヨイショはしない。ホステスたちも、逆に客にキツいかましをすることで懐に入っていくのだと、見事な比較文化論。

ちょっと話がそれる。
昨日の浅草お茶の間寄席で、名を出したばかりの柳亭こみち師が「庭蟹」を掛けていた。
これがタイムリーにも、女性目線に変えた見事な改作であった。桂あやめ師の先駆者マインドは、東京にもしっかり流れ込んできている。
庭蟹は「洒落番頭」ともいうが、こみち師の描く番頭さんは、旦那同様にシャレのわからない人なので、この演題は使えない。
シャレの能力を発揮するのは番頭でなく、女中のお清。
古典落語を作り変える際に女性が優位な設定にしているのも、あやめ師と同じ。男の客だって、このほうが楽しいのだ。
それどころかマクラでは、男たちがいかにシャレがわからず、一方でおばさんたちがいかにシャレが利くのを強調していた。
昔は女はシャレがわからないというのが、世間の共通認識だったというのに。面白い時代である。
楽しいマクラを聴いて、昔の日本を思い出した。世界がつながるようになって、日本人がいかにクレージーか知れ渡った。
だが、つい20年前まで、「日本人はユーモアがない」という、国際共通認識が生きていたのである。
男女も決めつけたらいけない。認識自体どんどん変わっていく。

おなじはなし寄席に戻る。
先攻の菊之丞師は、「笑いが少ない」「儲からない」と酢豆腐を評する。笑いが少ないという評価は、正直よくわからない。
東京の寄席で頻繁にかかるちりとてちんだって、面白いが爆笑ものというわけではない。なのにどうして、粋な酢豆腐に誰も手を出さないのだろう。
酢豆腐とちりとてちんとがまったく違うのは、酢豆腐には典型的ワイガヤ噺の骨格があること。特に「寄合酒」によく似ている。
寄合酒は、ん廻しの前半だそうで、つまりもともと上方ダネであるが、現在は非常に東京落語らしい。
酢豆腐は東京でできた噺だが、上方落語と無縁に発展したわけではないように思う。

菊之丞師は、女の描写が落語界でも随一の人。
だが、女があまり重要でない噺も非常に上手いから面白い。ふぐ鍋とか、鰻の幇間、たいこ腹など幇間ものは非常に得意にしている。
酢豆腐の若旦那は幇間ではない。人をヨイショするか、ヨイショされる自分を眺めるのかという違いは大きい。
だが、根底はわりと一緒な気がする。

菊之丞師の描く世界も、非常に平和だ。
「あの若旦那と塩辛が嫌い」と言ってるわりには、対立は描かれていない。
少々特殊な見方かもしれないが、私など若旦那に、体を張ったギャグ精神すら感じる。あつあつおでんか熱湯風呂か、酢豆腐かというぐらい。
昔なら、少々過激でもよかったろうが、今の時代はハラスメントにならないことを強調しておかないと、噺のどこかにマイナスが加わってしまう気がする。
トゲはないが、ちゃんと起伏はある菊之丞師。

アフタートークで、上方のちりとてちんのさまざまな演出を紹介するあやめ師。
だが、ツバ入れるぐらいはまだしも、犬の小便加えたりするのは少々時代を見抜くセンスがないなと思った。
上方だって、なんでもギャグ入れたらいいというものではないと思う。
逆に、毒消しで梅干し入れたりするのは重要だ。

昨年末のM-1グランプリのニューヨークについて、「犬のウンコを食う」ことの是非について述べた。
これはよくないと書いたのだが、オール巨人師匠がまさにこれと同意見で、そのため点数を減らした事実を後で知り、我が意を得たり。
もっとも、この話をラジオで紹介していたナイツ塙自身は、ウンコギャグに大喜びしていたそうだが。
私は別に、下ネタNGなのではない。使い方が大事だと思う。

「御法度落語おなじはなし寄席!」、3週分の放映を6日に渡ってお送りした。いったん筆を置いて次の放映を待ちます
次回は、コロナ罹患の桃月庵白酒師と、桂南天師で、「だくだく」(書割盗人)。

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ちりとてちん収録

作成者: でっち定吉

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