国立演芸場12(下・金原亭馬生「抜け雀」)

抜け雀/景清

ダーク広和先生は、袴姿で登場。和妻ということらしい。
ここでまた眠気に襲われてしまった。
なんなのかね、この眠気。寄席以外で昼間寝たりしないのだけど。
寄席はゆりかご。

あっという間にトリの馬生師。
国立の番組は、まだ短めのタイムテーブル。その代わり料金も200円安くて2,000円。
私はかわら版で1,800円。

当代馬生師は、先代と異なり、決して名人の評価を受けているわけではない。
名前だって、上の人(伯楽、今松、雲助)が誰も継ごうとしないので、お鉢が回ってきたのだと自著に書かれている。
次の馬生は先代の一族に返し、この日出ていた二ツ目の小駒さんが継ぐんだろうと、私は勝手に思っている。中継ぎなのだ。
柳家小ゑん師の「恨みの碓氷峠」にも、雲助師と当代馬生師を並べて「雲助と馬生を間違えるわけがない」と揶揄するくだりが入っている。
自他ともに、その程度の評価を受けてきた人だと思う。だが、評価は常にアップデートしていく必要がある。
最近の馬生師、実になんとも味わい深い。気負わない人が花開くのだ。形は綺麗だし。

話はそれるが、モノマネ得意の林家けい木さんの、「当代馬生と隅田川馬石師の安兵衛狐のサゲの違い」には笑ってしまった。
そして、若手は意外と落語界の上のほうをよく見ている。金原亭のこうした師匠たちこそ、今若手が聴くべき人なのである。

馬生師の高座には、「人はなぜ落語を聴くのか」という回答が如実に表れているといっていい。
そして、これが弟子たちにことごとく引き継がれている。
金原亭の中では、雲助師の一門が、弟子の白酒、馬石、龍玉と揃って高い評価を得ている。
だが馬生師の弟子もまったく負けていない。雲助一門の弟子たちよりは世代がちょっと後ろにズレるが、これから売れそうな人ばかり。
すなわち馬治、馬玉、馬久、小駒、馬太郎。桂三木助師は実質的には一門とはいえないようだ。
弟子たちはいずれも、落語を聴く喜びをストレートに感じさせてくれる人たち。もっともっとこの一門に注目せねばならない。

昔の駕籠かき、雲助の話。
最近聴いたばかりの宮治師も、らんまんラジオ寄席の「蜘蛛駕籠」において、雲助の説明に五街道の師匠を登場させていたが、同じ一門の馬生師はそんなクスグリは入れない。
雲助から入るとなると、サゲの説明が欠かせない、抜け雀。
つい最近、ラジオで聴いた桂南光師の抜け雀にいたく感心したところ。記事を書いた後、日本の話芸の、雲助師のものも聴いたのだ。
だが馬生師のもの、雲助師と大きく違っていて驚いた。兄弟弟子なのに。
とはいえ、志ん生にさかのぼれば同じルーツにたどり着くのだろう。いずれも、どこかで聴いたことのある展開とクスグリでできているのは一緒。
それにしては、まるで違うものだな。
かつて三遊亭好楽師から聴いたものがやや近かったという印象。だが、独自らしい点も多い。
こんな特徴がある。

  • 絵師は最初から、一文なしであることが明らか
  • ついたてを亭主に支えさせ、一気に雀を描き上げる
  • 雀が絵から抜け出ると、すぐに近所の連中を集め、再度雨戸を開けて雀の飛び出しを再現
  • 短い期間に、左右の宿屋を買収して新館・別館を作る
  • 「見えない目玉ならくり抜いて銀紙」のクスグリがない
  • 大久保の殿さまがお忍びで見にくる

他の師匠のやる抜け雀の元がこちら、ということもあるだろう。
だが、ついたてを支えるのと、初日から二度目の雀を披露するあたりは私は初めて。馬生師のオリジナルだろうか?
とはいえ、こういった特色の数々が、噺の面白さに直結しているかというとそうではない。
工夫は工夫として、馬生師から感じる楽しさはもっと別のもの。
とにかく、「楽しいおはなしが語られている」というムードが濃厚。これは雲助師からも強く感じるものだが、馬生師のほうがさらに純度が高い気がする。
馬生師は、面白いことを言おうという誘惑に一切駆られない。だからこそ面白い。
この日の弟子、馬玉師の高座からも感じたことだが、よく聴く噺なのに馬生師の語りはまったく退屈しない。
噺は先がわかっているもの。自分で展開を巻いてしまい、演者がやってくるのを焦れて待つことだってある。そんなことは一切ない。可能ならスロー再生したいぐらい。

雀の絵、いったい何を描いたのか最初亭主はわからない。これはどの人のでも、だいたいそう。
だが、雀を認識したときの亭主の驚きがよく伝わってくる。
亭主と一緒に、聴き手も雀を脳内再生するわけだ。

雨はまだ上がっていなかったが、晴れ晴れとした気持ちで帰途につきました。

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井戸の茶碗/真田小僧

作成者: でっち定吉

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