円楽党にはよく出向く私なのだが、この日のトリ三遊亭好吉さんは初めて。巡り合わせというものはある。
好楽師の10人いる弟子のうち、4番弟子の好吉さんを最後に聴く。
12年のキャリアだから、あと数年内に真打になるだろう。
事前に期待していたとおりの達者な人だった。
トリに残った時間は30分。
始まってかなり早い段階で、後方の席がバタバタしていた。振り返らなかったからわからないが、誰か出ていったのかな。
前説で好吉さん自身が、配信があるので途中退場はご遠慮ください。どうしてもという場合には仕方ないですが顔が映るかもしれませんと語っていたのに。
まあ、非常事態は誰にでもある。
なんとなくだが、落語協会の二ツ目っぽい雰囲気を漂わせている。具体的な誰に似ているというのではなく、よく落協にいる本格派志向タイプのような。
そういえば好楽師の惣領弟子好太郎師についても、落語協会っぽいと感じたことがある。
本格派といっても、面白いことがなにもできず、師匠の教えを守ってまっすぐ演じるタイプの人もいる。それで花開くことがあるから、別に悪く言うわけではない。
好吉さん、そういう人たちとはいささか違う個性を感じる。恐らくなんでもできるのだが、強い意志でもって厳しく自分をコントロールしている、そんな雰囲気が漂う。
落語を演じる高座の上の自分を、俯瞰して眺めるさまは、上手い人からはよく感じるところ。
好吉さんはそれだけではない。自然な演者を作り上げるために、上からかなり複雑な操作をしている、そんな感じがする。
この日は自分でもよくわからないのだが、先の3人にとても楽しませてもらったいっぽうで、とても疲れた。
好吉さんの朴訥に映るキャラは、こんな疲れたときにぴったりハマる。とてもありがたい。
熊本の田舎で生まれました。いいところです、なにもなくて。
熊本出身なんですが、今日は甲府の噺をします。
ご存知の向きもあるでしょうが、「甲府い」という噺、実に地味です。笑うところも泣くところもありません。
盛り上がりがないんです。山なしなんていうぐらいで。
大分、鹿児島出身の噺家は多いが、熊本はそうでもない。
真打は兄弟子、好太郎師だけ。
二ツ目が、ふう丈、竹紋。そして好吉さん。
熊本から神戸大の理学部に行って、そこから東京に出て好楽師の弟子になったという。
関西を経由して東京に出てくる人は珍しい気がするが、落語協会の入船亭遊京さんもそうだ。遊京さんは愛媛から京大。
盛り上がりに乏しいとされる、そんな噺が私も聴きたい気分。
扇辰師などから聴く甲府いと、物売りの節回しがちょっと違う。あとはおおむね一緒。
どこから来ているのだろう。円楽党で聴いたことはない。
冒頭、奉公人の金公にボカスカやられている、甲府から出てきた善吉。
冒頭の短いシーンにおいて、豆腐屋の主人が善吉を実に気に入っていることが、端的に描かれている。
具体的な言葉を使わないのに。
そして憎まれ役になって不思議のない金公だが、主人はちゃんと「悪い奴じゃないんだ」と手短にフォローしている。
あとで思い出してたったひとつ気になったのだが、金公はどこいったんだろ? ごく普通には、金公が田舎に帰るので人手が必要なのだが、そういう描写はなかった。まあいい。
わざわざ盛り上がりのない噺と断って語る好吉さんだが、もちろん味があるからトリで出す。悪人の出ない、実に気持ちのいい話。
「吉」の付く人に悪い人はいないと好吉さん。
わずかな盛り上がりといえば、豆腐屋の主人が善吉を婿に取ろうとする場面。
おかみさんとの話の流れで、なぜか善吉が婿入りを承知しないと思い込んで怒る主人。
しかし「早飲み込みの主人」というキャラは、ここでいきなり出てくるのだから、よく考えるとやや不自然ではある。
好吉さんは、主人の粗忽ぶりはまったく強調していなかった。娘かわいさに、ちょっと気持ちが先走ってしまったという程度。
つまり、結果的にますます噺の山を削っている。自信がないとできないですな。
善吉も、主人の妙な怒りはスルーし、3年間の深い感謝を述べるのだ。
このシーンのおかみさんは、よく喋る。
ならば冒頭の、飯を食わせてもらうシーンにおいて、あらかじめおかみさんに口を開かせておいてもいいんじゃないかなとちょっと思った。
ケチを付けてるんじゃない。さらなる改良案として。
善人ばかりの噺を語る好吉さんから、師匠の強い影響もうかがえる。
師匠譲りの、深い部分から出てくる人の優しさが見えてきて、とてもいい気持ち。
この一門はみなそう。兼好・好の助といった人はちょっと違うけど。これらの師匠が優しくないと言っているんじゃありません。
落語というもの、気持ちよさと突き詰めると、それだけで深い満足を味わえる。二ツ目にしてすでにこれを極めている好吉さん、今後が楽しみです。
非常に満足の四席でした。
配信のお客さんにも届いているといいですね。