国立演芸場13(中・入船亭扇辰「田能久」)

続いて真打は林家ひろ木師。主任・彦いち師の弟弟子。
結婚して痩せました。風の強い日は大変ですと自虐マクラを吐きつつ、若手真打の期待の星ですと自ら語る。
噺家たるもの、客から見たわかりやすい個性を作り上げるのは大変。キャラを完全に手に入れているひろ木師は、確かに期待の星である。
津軽三味線なんて武器もあるし。

夫婦喧嘩を振って、本編は「堪忍袋」。
これが芸協でしばしば聴く、三遊亭遊雀師の型である。
三遊亭竜楽師が上方から持ってきたものを、遊雀師と世之介師に教えたものだそうで。
ひろ木師、同じ協会の世之介師から教わっていて不思議はないが、でもなんとなく遊雀師に稽古をつけてもらったんじゃないかと思う。
途中で切れる噺だが、持ち時間が長いので最後まで。従来型と違うサゲはひろ木師も踏襲している。

堪忍袋は、別にかみさんにやり込められる噺ではない。ちゃんと八っつぁんも逆襲するので派手な夫婦喧嘩となる。
それでも、ひろ木さんの中では「熊の皮」とか、そういう系統に近い噺なのかもしれない。かみさんが強いところがいいのだ。
手ぬぐいを使った堪忍袋の所作が見事な一席。

ホンキートンクは、新しいコンビになってから2月の池袋で聴いた。
この際は代演だったが、その後はちゃんと顔付けされている。
池袋でもすばらしい舞台だったのだが、その後わずかな期間で一段とパワーアップしている。嘘みたいだが本当だ。
新しいボケの遊次さんの、振り切った感じがすばらしい。もちろん、照れてやってたはずなどないけど、さらにもう一段振り切っているそのさまが。
ツッコミ・弾さんのスベリギャグを伏線とし、再度回収する極めて高度なワザに、ますます磨きがかかっている。

今本当に面白いホンキートンク。今後、寄席にとどまらずメディアへの露出が増えることを確信しました。
もともと、ホンキートンクは漫才協会の若手漫才四天王として売り出したコンビ。
すなわち、ナイツ、宮田陽・昇、ロケット団とホンキートンク。
日本一舞台の数が多いロケット団も、最近ますます腕が上がり、メディアでも売れてきた感がある。かつての四天王を、まとめて取り上げる機会が近いうちにあるんじゃないかな。
以前は、ナイツ以外の3組は、ボケの印象がなにかしら被る印象があった。今のホンキートンクは極めて個性的。

漫才中、「嫌いなものはロケット団」だと言う弾さん。ウケていたが、「本当は嫌いじゃないけど、ウケるだろ。本当に嫌いなのは『青空一風・千風』だ」だって。

国立定席は短くなっていて、早くも仲入り。目当ての入船亭扇辰師。
昨日書いた通り、この人気の師匠が国立の仲入りという珍しいポジションを務めているにあたっては、さまざまな奇跡があるのだ。
例によって「ただいまはやけくその拍手ありがとうございます」。
今日も楽屋から紙コップを持ってきていて、コロナ禍の楽屋を嘆く。コップに目盛りが入ってないだけましだと。
寄席の世界も開催のために工夫をしている。アクリル板がついた寄席までできて嫌だ。どことは言わないが新宿のほうに。
自分が映るし、目が合うんだよ。
ただいまのホンキートンクは、また飛沫のよく飛ぶ芸でと。

本編は田能久。たのきゅう。田能村の久兵衛さん。
扇辰師の田能久は、5年前に池袋で聴いた。当時小学生だった息子を連れていたので、それで出してくれたに違いないと勝手に思っている。子供のほうがよく知ってる昔ばなし。
まあもちろん、子供がいなくたって仲入りにふさわしい噺だけど。

扇辰師の田能久は、改めて実にいい。
最近、演者と登場人物との適切な距離という概念をよく考えている。
演者が噺に浸り切り、登場人物に成り切る落語というものはどうか。一見、リアリティがあってよさそうなのだが、結構あっさりコケてしまう。
理由は簡単で、演者が成り切る登場人物に、聴き手が全面的な好意を持つとは限らないからである。
いっぽうで、演者と人物との間にほどよい距離があるとどうか。聴き手が、自分の感性を使って、隙間を埋めることができる。
客は自分自身の力により隙間を埋めているため、その結果作られた人物像に、不満など持たない。

実際は扇辰師、いなせなおアニイさんであって、客の多くが師に好感を抱く。
だから、もっと迫り切るやり方を選んだっていいのである。それで落っこちる客は少ないだろう。
でも、遊びの部分をちゃんと残しておく。そこが粋なのだ。
だから客は、うわばみ老人に呑まれそうで命の危機にある田能久さんの心境に迫りつつ、同時にのんびりした昔ばなしを楽しむことができる。
まさにこれが落語。

続きます。明日もちょっと扇辰師のことから。

 
 

作成者: でっち定吉

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