仲入り明けのメクリには「古今亭文菊」と出ている。
レギュラー出演の四の日寄席では文菊師、「気取ったお坊さん」の挨拶はやらない。
皇室の話。学習院のOBとして、心配していますとのこと。あの世から、柳宮喜多八殿下もきっと嘆いてますよ。
そうだ、先日林家はな平さんに絡めて学習院のオチケンに触れたが、文菊師も学習院だった。
落語の登場人物で、アタシがもっとも憧れるのは若旦那ですと。わりと早めに湯屋番に入る。
中身の詰まったたっぷりサイズ。
といって、隣の師匠のところで計略によりおまんまいただいたりする場面はないし、下駄のくだりまで行くわけでもない。
展開はどんどん、無駄なくスピーディに変わる。しつこいくだりなど一切ない。
若旦那が早々番台に上ったりする。なのに現実時間ではたっぷり時間を使っているという、不思議な一席。
長い時間の分だけ、比例して満足度が高かった。
この日は5席揃って収穫だらけ。その中でも、かなりの収穫と言っていい。
湯屋番なんてスタンダードな演目、隅々まで知っているものだ。前半は「紙屑屋」とも共通しているし、多数のバリエーションも含め。
文菊師の湯屋番も、別にストーリー上の逸脱はないし、破壊的なクスグリが入っているわけでもない。なのに、極めて新鮮。
古典落語に新鮮な息吹を吹き込むお坊さん。
兄弟子・菊之丞師の湯屋番は若手の見本になる作品だが、それとずいぶん違っている。だが文菊師のもの、これはこれで一つの到達点を示している。
どこを切り取っても、斬新に映るというのはすごいこと。
奉公先の湯屋を若旦那が自分で探しているのは、落語協会で聴く湯屋番では珍しい気がする。
居候先の主人は、若旦那に対し、奉公先を案内するのではない。働いてみたらどうかと諭すだけなのだ。
かみさんがうんざりしているので若旦那をたしなめようとすると、若旦那が自分で見つけてきた奉公先に出向くと言う。これはこれで、吞み込みやすい流れ。
後で荷物を届けておいておくれと主人に命じ、手ぶらで居候宅を去っていくところが非常に若旦那っぽい。
文菊師の湯屋番には、ツッコミが少ない。
キングオブコントを勝った空気階段と、この点同じと言って言えないことはない。少々無理やりだけど、令和の時代の同じ空気を背負っているかもしれない。
かみさんのいやがらせを明るく告発する若旦那に対し、主人はさしてツッコまない。
湯屋に出向いてからも、湯屋の主人はぶっ飛んだ若旦那に、それほどツッコんでいない。
二人とも、若旦那ワンマンショーの邪魔をしないよう、注意深く引いているのだ。
湯に浸かる客たちも同様。若旦那を面白がっているが、遠くから見守るだけ。若旦那と客の間に直接的な接触はない。
落語の場合、ツッコミというより優しくたしなめる程度が多いが、別にそれもしないのだった。
準備OK。あとは若旦那の楽しい妄想に付き合おう。
空想上のお妾さんとしっぽりのくだりになると、さすが文菊師、色っぽい。
その高座は三重映し。
いきなり妄想を始める若旦那のリアルな姿、妄想の中の若旦那、そして「ひとりキチガイ噺」を楽しく掛ける文菊師、三者の姿が同時に見えてくるからすごい。
この三者はそれぞれ、客との距離感が違う。若旦那は客から近いぐらい近いが、文菊師はしっかり距離を取って語る。
同時に三者を見回すことで、楽しいやり取りを一か所だけから眺める必要がなくなる。妄想に脱落してしまうことがないのだ。
最近は流行らないとされている湯屋番だが、まだまだやり方はあるものである。
四の日寄席は、固定メンバー5人で、毎月4日(縁日)に開かれる会である。
亭号はバラバラだが、みな古今亭の師匠。曜日固定の会ではないので休演も多い。
誰かが休演のときは、おおむね6人目のメンバーの蜃気楼龍玉師が登場するようである。
そういえば縁日の地蔵通り、与太郎のやってる道具屋みたいな店も出ていて面白かった。
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