立川談志71歳の反逆児(2007年)その3

5日間寄席の模様を挟んだが、談志の続き物に戻ります。その1はこちら。

番組には立川流の前座が多数出てくるが、顔だけではわからない人も多かった。辞めた人かな。
わかるのは、やたら出てくる万年前座キウイと、亡くなった談大、それと最後の弟子の談吉。

資料室として使っていた、練馬の家も出ていた。夫人と一緒の根津のマンションとは別の。
現在は「ビフォーアフター」を経て、志らくが住んでいる家。
亭主の不在時に、かみさんが弟子と恋人気取りで暮らす、楽しい家。

続き物の「その1」で、笑うシーンでないのに笑う客に対する談志の嘆きを取り上げた。
柳家喬太郎師の高座で、同じような場面に遭遇したことにも。
これは私自身の感想であり、喬太郎師が客について不満を述べているわけではないので念のため。愉快に思うことはないと思うが。

その喬太郎師と談志が落語会で遭遇したのは、ほんの一瞬。
客にウケてる喬太郎師を、談志が怒って高座の途中で下ろしたという。このエピソード、志らくが書き残したため残っているというのが気色悪いが。
まあ、令和の時代にウケてる落語、新作も含めて談志にはそのほとんどが理解できなかったと思う。実は単に、受け入れ口が極端に狭い人だった気がしないでもない。
喬太郎師も、談志について語ることは実に少ない。トラウマなんだろう、きっと。
白鳥師にも、談志の前で客にウケたが、それで怒った談志が出てこなかったなんてエピソードがある。
それでも、白鳥師は語っているが。

私にとっての落語の神さまは喬太郎師匠であり、談志なんかではない。
喬太郎師のことを談志と対比させて考えていたとき、なぜか突然頭に浮かんできたフレーズがある。
「ばいばいきん」であり、「プリンが食べたいのお」である。
「路地裏の伝説」と、「ウツセミ」(マクラ)でそれぞれ出てくる。
子供と一緒に子供番組を視ていたであろう、優しい喬太郎師の姿がこのフレーズから目に浮かぶ。客がおじゃる丸をわかるかどうかは微妙だが、それぞれウケている。
談志には、こんなフレーズは言えない。まず間違いなく、知らない。
東京かわら版11月号の冒頭には、談志の息子、松岡慎太郎氏が出ていた。「談志は家でも高座のマクラのような感じでした」と述べている。
「楽しかった」という意味ではない。子供にはしんどい父だったと。
動物園に連れていってくれたりもしたのだが、その後美弥に必ず連れていかれたり、普通の父親ではなかったそうで。
孫のこともかわいがってくれたが、孫のほうも普通の爺さんではないことを知っていたそうで。
番組でもって孫をかわいがる談志が出ていたが、実情はそんなもんだ。

その番組に戻る。
2003年、一度だけ撮影を許されたという、二ツ目昇進試験の模様が流れている。

試験を受けたのは、5人。いずれも孫弟子。

  • 快楽亭ブラ房(現・立川吉幸)
  • 立川志ら乃
  • 立川志の吉(現・晴の輔)
  • 立川らく朝(今年逝去)
  • 立川らく房(廃業)

カメラが入っていたからでないかと邪推するのだが、孫弟子にやたらめったら厳しい家元。
落語を語れと命じ、ちょっと始めるとすぐに踊れと言う。
談志評は「勉強不足」のオンパレード。

一緒に視ていた家内が、「なにこのパワハラ。許せない」。
まあ、現代視点で考えればまったくその通り。
だが、ちょっとびっくりした。談志なんてこんなもんだよという前提で視ていた私には、さしてひどい態度に思わなかったからだ。
パワハラには敏感だと自覚している私も、時として落語界に毒されているところがある。反省しよう。

ブラ房は、この翌年には師匠・ブラックの除名に伴い、談幸門下に移って吉幸になる。
その後2007年に二ツ目にはなれたが、師匠について芸協に移り、前座を1年やるという波乱万丈の人生が待っていた。しかし、そのおかげで再度の二ツ目を3年で済ませて真打になれた。

志ら乃が、この試験唯一の合格者らしい。番組では名指しはされていないが、合格者一人とナレーション。
志の吉も、同じ年に二ツ目になっているのだが、この試験なのかどうかよくわからない。

談志が厳しいのは、「落語家になるだけだったらどこの門下でもいい。だが、立川流で落語家になりたいなら、オレを納得させろ」ということである。
しかし、現代において「多様性」というキーワードを耳タコで聞かされる身からすると、「ハア?」という感想。
談志の価値観をすべて具現しろなんてことを命じていれば、多様性はどんどん失われていく。
実になんとも、くだらない。できあがるのはミニチュア談志の志らくだけではないか。
談志なんかがトップにいる限り、喬太郎も白鳥も生まれない。落語の世界は広がっていかないのだ。
この点、小三治と一緒。落語界を狭く狭く閉じ込めようと腐心する、愚かな二人。
立川流が現在行き詰っている理由は、この番組を視るとすべてわかるな。円楽党に差を付けられた理由もだ。

立川流に入った人たちも、談志の厳しい基準をクリアし、一流になろうと考えていたなら、悪いが愚かである。
気の毒にも思うのだが。

続きます。

 
 

作成者: でっち定吉

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