国立演芸場17 その4(柳亭左龍「らくだ」)

ヒザは仙志郎・仙成の太神楽。
歩いてきたもので、ここで寝落ちしてしまった。太神楽が寝やすいなんてことはないけど。
目が覚めたら最後の、笠の取りっこだった。

トリの一席に向けてリフレッシュできてよかった。
柳亭左龍師はもっともっと聴かなきゃいけないといつも思う。そうしてまた、柳家の芝居に来てしまうのであろうが。
そういえば弟弟子の喬之助師もここに来て腕を上げ、トリを取ったりしている。さん喬門下は充実一途。

私で最後でございますと語って、すぐ本編に。
日本にらくだが来たのは江戸時代で、と。
らくだか。大ネタだ。
左龍師の持ちネタにあるとは知らなかった。

らくだという噺は、個人的に「暴力をどう扱っているか」がまず気になる。
死んでからも長屋と町内に暴力の爪痕を残すらくだと、その兄貴分。平和な住民が蹂躙され続ける噺になってしまったら、聴けたもんじゃない。
しかしそんな私にも納得のいく、すばらしい一席であった。

くず屋からすると、乱暴ならくだを含めて成り立っている日常に、いきなりの非日常が飛び込んでくる。
暴力の被害者が、暴力の手助けをさせられる。まったくの災難である。
左龍師のくず屋、まったくもって気の弱い、主体性のない人物に映る。左龍師は、そんな造形をストレートに描ける人。
弱々しいくず屋が、兄貴分の暴力により右往左往する、そんな噺にまずは見える。
だが不思議なのは、くず屋が聴き手の同情をそそるだけの単純な存在でないこと。一見、噺に現れるすべての暴力を吸収している存在なのに。

くず屋も因業大家を凹ませられて、内心実に愉快なのである。これが、直接には描写されていないからすごいなと。
なにひとつ悪いことはしていないのに、兄貴分の道具として働かされるくず屋。その描写されない裏側に、くず屋の爽快感が見えている。
かんかんのうを(強いられて)歌うあたりに、一瞬これが透けて見える。だが決して露骨な描写にはしない。

冷たいらくだの死骸を、かんかんのうのため背負わされるくず屋。この描写は白眉。
強いられない限り、死骸を背負わされる経験なんてこの世にないし、経験したことのある噺家もいない。
こんな貴重な経験ができたくず屋の人生に幸あれ。
八百屋でもって菜漬けの樽を巻き上げるあたりになると、人の暴力を背景にして、もはや実に優秀なチンピラと化しているくず屋。
この場面だってもちろん、表面的な描写では、気の毒なくず屋のままなのである。だが裏にちゃんと、くず屋自身の爽快感が見え隠れしているではないか。
そして客の気持ちも、くず屋の二面性に同調してくるのである。
大家はともかく、因業でもなんでもない町の八百屋から巻き上げるのに、このくだりが楽しいこと。
かんかんのうのお座敷を積極的に再現したいほどではないが、行きがかり上、もう一回やってもいいやぐらいに思っているくず屋の迫力が、八百屋に通じている。
なんだこの、客の共犯になる爽快感は。

死んだらくだの兄貴分の描写は、実に薄い。
つまり主体性のないくず屋が、勝手にビビって全部先回りしているように作ってある。
まあ、そうさせる人間の暴力こそ実のところ一番怖いのだけど、落語の客には安心して聴けるようになっている。
らくだの生前のエピソードも、実に薄く作ってある。
「そば屋の丼」「甚五郎の蛙」を売りつけられるくず屋はいい災難だが、大家や長屋の月番の被害など、強くは描写されない。
この部分は左龍師、相当考えてこしらえているようである。

左龍師のらくだは、くず屋の噺。
くず屋の内面を露骨に描写しないハードボイルドらくだ。

長屋や町内の日常における鼻つまみが死んで、みんな嬉しい。
嬉しいのに、最後の最後までわけのわからない奴が現れ、また災難を振りまいていく。
でもそんなのまで含めて、非日常がひとつの日常に吸収されていく、落語らしいエピソード。

ごく単純な描き方だと、ひどい目に遭わされたくず屋が最後、酒の勢いを借りて逆襲する、そんな噺。
逆襲のために、前半悲惨なエピソードを仕込んでいく、そんなご都合主義もある。
だが左龍師のくず屋は、最初から最後まで楽しい人物。
酔っぱらう前も後も、ごく自然であり、こういう人間として成り立っている。
急に人格が変わったというよりも、どちらもくず屋のひとつの側面なのだ。
そしてどちらも実に自然に描く左龍師。噺の都合でもって、暴力の上前をはねるくず屋じゃない。

客は決して多くないのだが、その拍手は人数に比例しない、実に大きなものでありました。
大作を聴けて、実に良かった。

国立とは思えない、最初から最後までハイレベルの芝居を、さらにハイレベルに締める見事な左龍師でありました。

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作成者: でっち定吉

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