スクエア荏原あじさい寄席(下・入船亭扇遊「不動坊」)

トリは入船亭扇遊師。

落語会は2時間で終わってしまうもの。
流し込みの寄席のような、いつまでもダラダラ続いていって、いつまでいてもいいという状況とはやはり根本が違う。
この日の二人会、すでに十分楽しくはあるが、トリが締まらなかったら物足りない思いを抱えて帰ることになる。そういうもの。
だが、すばらしい一席で圧倒された次第。落語が好きで本当によかったなと思ったのです。

扇遊師匠の不動坊は、池袋のトリですでに聴いている。ちょうど1年前のことで、まだ記憶に新しい。
そのときと内容が違っているわけではないが、もう一度聴いて改めて感動した。
どんなに素晴らしい師匠であっても、二度目の同じ噺であれば、聴きかたはどうしても「確認」ぽくなっても仕方ない。
だが今回、二度目の噺であるのはまったく気にならなかった。初めて聴いた以上の感動をいただいた。
秘訣は、入船亭ならではの「色気」である。
そして、感情のほとばしり(しかしとめどなくはない)である。

土曜日でご予定もおありでしょう。ちゃんと時間を守ってやりますのでご安心をと扇遊師。個人的には30分ぐらいオーバーしてもいいです。
鯉昇さんは前座のときから知ってるんですけど、今もいい意味で昔のままですねと扇遊師。
私は伊東高校というところを出て噺家になりましたけど、鯉昇さんは大学出です。明治大学という立派なところを出てるのに、そう見せないところが偉いです。

男の嫉妬はタチが悪いと振って、不動坊。
前回も聴いたが、扇遊師は隅々まで丁寧である。
湯に行くのに鉄瓶を持っている所作は、自己ツッコミの前に出てくるのでなんだか嬉しくなる。
万年前座の演ずる幽霊のぶら下げかた、位置の安定のしかた、祝儀のもらいかたなどことごとく丁寧。
前座は丁寧なのに、言うべきセリフだけ覚えていない。これも、当初教わったときに復唱していないことでやっぱりなとなる。結局丁寧な作り。
さらに、お滝さんを幽霊のいる部屋に呼んでいないことも明確にしてあった。ここ、あまり気づかないところだ。
それから、ホラ万さんがアルコールと間違って買ってきた「アンコロ」について、「片づけとけ。あとで食べよう」というセリフがあった。
せっかく買ってきたんだもんな。禁酒番屋のカステラも、酒屋連中、あとでいただく気満々なのである。
いっぽう、ホラ万さんが後ろ向きにはしごを昇る具体的な描写は省略されていた。これはなぜかわからないが、くどいという判断だろうか。

そして全編を覆いつくす色気。
この噺、吉さんが講釈師不動坊に「貸した」つもりでいるお滝さんの描写はほとんどない。いい女とはいえ、まったくの遠景で描かれる。
なのに吉さんの無邪気な喜びが溢れかえっていて、ここにゾクゾクする色気を感じるのである。不思議だが。
入船亭には、こんな色気が脈々と受け継がれているなと思う次第。

扇遊師は綺麗な所作の人だから、これにより色気がもたらされるのか。
ちょっと違う気がする。上品でダンディな扇遊師であるが、この色気はもう少し露骨で卑俗な、エロジジイ気質からもたらされる要素ではないだろうか。
綺麗な扇遊師だって、生々しさと無縁ではないのだ。
弟弟子の扇好師から「持参金」を聴いて、いい女すら出てこない噺に感じた色気を思い出した。

そして全編を覆う感情のほとばしりも色気に貢献する。
吉さんはお滝さんをもらえて、湯屋でもって感情を爆発させる。
いっぽうで、不動坊が留守のお滝さんにちょっかいを掛けて、全員がものさしでひっぱたかれた経験のある3人組も、嫉妬を爆発させている。
男たちの熱い感情が渦を巻いていて、見逃せない。

非常に勝手な定義なのだが、私は「感情がほとばしる噺」が人情噺だとみなしている。
ほとばしらず、地に隠れた人情噺もあるけども、まあそれだって感情の扱いがキーワードである点で同一。
感情のほとばしった扇遊師の不動坊、これもまた人情噺ではないだろうか!
そんな定義しても意味ない? そりゃそうだけど。
それに扇遊師、無限に感情を飛び散らせたりはしない。ちゃんと行き過ぎる手前でやめている。
緊張と緩さとが対立せず、渾然一体となっている。

吉さんだけでなく、ズッコケ3人組もやはり感情を爆発させているのであった。
万年前座扮する幽霊も、ほとばしってはいないがやはり感情で動く男だ。

実に幸せになる噺。
うまく行かなかった3人組だって、感情の発露をしたのだから、やはり幸せなんじゃないかと思う。
3人組の失敗噺といえばそうなのだけど、大掛かりな仕掛けをやってみただけでも幸せ。

高揚して帰路についたのでした。

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作成者: でっち定吉

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2件のコメント

  1. 入船亭は皆丁寧という印象がありましたが、定吉さんの記事を見て、端折るところとのメリハリもしっかりしているのだと改めて認識しました。
    冒頭の時間の話もテレビやラジオでの落語番組全盛時代を思い起こさせてくれるような気がします。個人的には独演会だからどんだけ長くなってもいいだろ、みたいな会に当たると疲労感だけが残るのですが、この会の充実ぶりがよく見える記事で嬉しくなりました。

    1. いらっしゃいませ。
      本文中に書こうかと思ってやめたのですが、コメントで書きます。
      「入船亭扇遊こそ人間国宝にふさわしい!」
      そのために活動したりはしませんが、そう思います。

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