新宿末広亭4 その6(柳家喬太郎「心眼」)

喬太郎師匠、私の行った翌日、千秋楽では「極道のつる」を掛けたそうで。
当ブログの記事にアクセスがあったので、すぐわかった。
いっぽう、私の聴いた心眼のほうも検索1位なんだけども、この芝居において極つるほどのアクセスはなく。

喬太郎師にファンが求めるものがよくわかりますね。世間の聴きたい傾向を順位付けすると、たぶんこう。カッコ内は例。

  1. 爆笑新作(極道のつる、路地裏の伝説)
  2. 新作人情噺(芝カマ、孫帰る)
  3. 爆笑古典(抜け雀、居残り佐平次)
  4. ウルトラマン落語(抜けガヴァドン、ウルトラ仲蔵)
  5. 圓朝もの(お札はがし、宗悦殺し)
  6. 古典の人情噺(心眼、文七元結)

心眼みたいなジャンル、最下位じゃないかと。
実際、私が池袋で聴いて書いた心眼の記事も、当初なかなかアクセスが伸びなかったもの。今回もそうかも。
でも、私は他のジャンルと同様、いやそれ以上にたまらなく好きなんだよな。ほとばしる人間の感情に、身がすくむ思いがするのだ。
落語では、なかなか味わえない種類の感動。
家内も感激してましたよ。
私は寄席では喬太郎師の古典にばかり当たる。でも、春の新作まつりで「焼きそば」「東京タワーラブストーリー」など聴いてるので、バランス的にちょうどいい感じ。

この日と次の日、喬太郎師の対極の姿がそれぞれ出たわけだ。
極道のつるのマクラでは、釈台に腕を載せて雑談だったという。講談師に叱られますぜ。

正楽師をいじり爆笑を取ってすぐ、「梅喜さん」と心眼へ。

比較的客も少なめ、しかしながら落語のよくわかったいい客の前で、とっておきの人情噺を出したくなったものか。
膝が痛くても、釈台を出さないのはそういうことだろう。

前回心眼を聴いた際の池袋の客の一部と異なり、新宿の客は人情噺を聴く態勢がちゃんとできている。
笑えるシーンを待っている無粋な客などいなかった。笑うシーンなんてほぼありません。
私は池袋の(落語協会の)客がいちばんいいとずっと思っていたが、修正しようかなと。

前回心眼を聴いた際は、喬太郎師の演技の技法が「落語と異なり、芝居のそれ」だと書いた。
だが今回、そんなイメージがなかったから不思議だ。大きくムードが違っていたわけではないのに、前回書いたことが今回には当てはまらない。
演技が抑制され、落語の範疇に収まっている。
落語の技法では語れなかった梅喜の感情のほとばしりが、いよいよ喬太郎師の肚にストンと落ち、落語の中で語れるようになった? そんなところか。

私の記憶に残る心眼と、違う点はさらにあった。
上総屋の旦那は、梅喜のかみさんお竹のことを「人無化十」だとひどいことを言う。
その後、日本一心根の綺麗な人だとしっかりフォローはしているのだが、冷静に考えるとこの旦那、人のかみさんのことをオブラートにくるまずひどい面相だと言うのが不思議なのだ。
夢だから平気だという解釈はできるけど。
だが上総屋、「帰っておかみさんの顔を見ればわかることだから」あえて梅喜に伝えることになっていた。
その前に、人力に乗った芸者を、目が明いたばかりのくせに梅喜が「いい女ですね」と言っているのもフリになっている。

いい男の梅喜に岡惚れしている芸者の小春姐さんに、一緒になろうという軽薄な梅喜。
この際の梅喜を突き動かしているものはなにか。それは怒りである。この点、前回とテーマごと入れ替わっているかもしれない。
何に怒っているかというと、「お竹が自分がひどい器量なのを隠して、いい男の自分と一緒になっていたのだ」という点。
前回の際は、いい男なんだから当然いい女と一緒になろう、その傲慢な感情が梅喜を地獄に突き落とす、そう私は理解したのだ。
だが、それよりも激しい怒りに突き動かされている梅喜。
期せずして、現実での弟に対する怒りの感情を、カウンターとしてお竹にぶつけてしまったのだ。
怒りが人を滅ぼすのが夢のテーマ。

面白いことに、喬太郎師の著書「らくごコテンコテン」にご自分で書いている、心眼のあらすじは今回のもののほうに近い。
怒りではなく下種な感情をテーマに一度替えてみて、また戻ってきたのかもしれない。
しかしいずれにせよ、解釈を押し付けるような落語ではない。決めつけて聴く必要はない。

夢から覚めた梅喜、ホッとするのではなく、ぶり返した恐怖に襲われる。
これは前回なかった気がするのだ。「怖いよ怖いよ」とうめく梅喜。
按摩を襲った暗い暗い感情は、夢から覚めて救われるようなものではなく、どこまでも重いのだ。

だからといって後味が悪いわけではなく、やはり爽快感が漂うのであった。

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作成者: でっち定吉

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