続いて橘家文吾さん。
自分自身のマクラを振らず、吉原の話に進む。
また明烏かと思う。2年前にここで文吾さんのいいものを聴いた。
明烏は嫌いじゃない。でも一度聴くと、頭の中がこれで埋め尽くされる種類の噺。同じ人から再度聴くなら確認作業になってしまうだろう。
だが、「廻し」の説明に入る。五人廻しだ。よかった。
私はこの噺が大変好き。世間的には「お見立て」のほうが人気ありそうだけど。
師匠・文蔵は廓噺をやらないのだが、弟子は大好きみたい。文吾さんの艶のある声はこの方面に向いている。
若手が掛けている限り、廓噺は滅びまい。
トリの鷹治さんがこのあとの高座で、「20分で五人廻しできるとはすごいですね」と感心していた。
文吾さん、廻しの客を一人削って四人廻しにしていた。こっけこーの田舎プレイボーイが出てこない。
時間の関係なのかもしれないが、普段からこれで固めているのではないかなと想像する。これは先人もやった型。
他の廻し客3人はたっぷりだ。田舎者については、杢兵衛大尽に絞り込む。
五人廻しは、威勢のいいおアニイさんから始まる。
目を開けていびきをかいている男の描写が、ちょっと他にないものだった。若い衆をにらみながら、狂気の目でいびきをかき続けるという。
喜瀬川花魁がやってこないのを詫びる若い衆の「吉原の法」返しで、怒りのスイッチが入ってしまう。
スラスラスラーとハイスピード、見事な啖呵が聴けた。吉原の歴史から犬の糞の嗅ぎ分けまでノンストップ。
五人廻しはもちろん大工調べではない。まだ序盤のここで、盛り上げるだけ盛り上げる方法論がないこともあるが、それでも文吾さんの啖呵は耳に残った。
本人も、なによりここがやりたいんじゃないかと。
噺はここから若い衆視点に替わり、廻し部屋を順に訪問する。
最初にいたのは漢語を駆使するインテリ。
この人もまた、すらすらすらっと、傾城とか難しい言葉を矢継ぎ早に並べるので、聴き手が高揚してくる。
気の短い江戸っ子と異なり、理屈で怒りを盛り立てているので、カブリはしない。
それにしても文吾さんは本当によく舌が回る。ぴったりの演目があったものだ。
3人目は若旦那、かどうかは知らないが、酢豆腐に出てくるのと同じキャラ。文吾さんの場合、他人かも。
こやつに焼け火箸を突き刺されそうになる。
あとはもう、喜瀬川花魁と杢兵衛大尽登場からサゲまで、スピーディに巻いて終了。
文吾さんの演技力にも圧倒された。狂気の演技だ。
短気な狂気、インテリな狂気、そしてマジ狂気。正常から一瞬で狂気に振れる。
高座を離れても、芝居など演技の機会があるのではないでしょうか。
文吾さん、座布団を返し、下手のメクリを替えてから高座の後ろを通らず、上を横切って楽屋に帰っていった。
ちょっとぞろっぺえだ。
トリは桂鷹治さん。
コロナのせいなのかなんなのか、すごく太っている。見事な巨体噺家で、別人みたいだ。
もっとも私、調べたらこの人過去に2度しか聴いてない。でも、評価が確立している。
連雀亭はいろいろな人の噺が聴けるので楽しいですと。
確かにこの日は、全員協会が違う。
将軍の屁の小噺。珍しい。
将軍が屁をひってしまうのを、御三家がそれぞれ「くさ木もなびく君の御威勢」「ぶうん長久」「天下太へー」とアドリブでフォローするという。
大大名と小大名の違いを説明。10万石以上が大大名、1万石以上が小大名です。
だから十万石饅頭は大大名ですね。風が語り掛けます。うまい、うますぎる。
1万石以下だと旗本になります。いや、1万石未満というべきですね。ちゃんと訂正しておきますだって。
ある小大名のお殿様、参勤交代が終わって国もとに帰ってくる。江戸で観た能狂言がこちらでも観たいぞと。
誰も能狂言を知らないので、大慌ての重役たち。このままでは腹を切らねばならん。
重役のうちふたりが、「天野」と「田ノ下」である。芸協らしいお遊び。
ああ、「能狂言」である。極めて珍しい噺。
家に帰ってから、圓生のVTRを探したのだが、見つからなかった。録ってなかったか。
でもYou Tubeにあります。
大混乱の城下に、江戸から旅の噺家がやってくる。
能狂言ならまかせとけと、乏しい知識ではあるが請け負う。どうせ誰も知りゃしないし。
侍たちに、鳴り物の稽古を付けたりする噺家。もっともこの国、太鼓も鼓も、笛さえない無粋な田舎なので、口で鳴り物をやらせる。
珍品中の珍品なのに、非常に落ち着いたトーンでゆったり語る鷹治さん。
珍品はだいたい、つまらない。だからこそ珍品なのだが、そんな噺を生き生きと語る。
爆笑は狙わないが、ずっとクスクスさせてくれる至上の一品だ。
この人のまた新たな魅力を発見。
客は6人だが、実に満足の3席でした。
ひどい日もある連雀亭だが、こういう日があるのでまた通ってしまう。