スタジオフォー巣ごもり寄席5(下・春風亭朝枝「夢の酒」)

トリは名人候補、春風亭朝枝さん。
前回聴いたのも、ここ巣ごもり寄席のトリである。
その際も気になっていた、寄席文字書家の手によらない同じメクリが出てきた。自分で書いたのかね?

髪型含め、ビジュアルが布袋寅泰。声も似ている。
声を登場人物により結構明確に変えているのは珍しいかも。すべてを人物なりの自然に語るので、いわゆる「声色」のような不自然さはない。
大旦那だけ、すべて鼻の奥にこもらせる発声を使っている。鼻濁音を強化するわけだ。これで大店の風格を出す。
女は必要以上に作らず、女の声を出す。

マクラは定番の「寄席で寝ること」だけで、自分の話はしない。ベテランのやり方。
かわいいおかみさん、お花が若旦那を起こしている。夢の酒だ。
私は色と酒をダブルで扱ったこの噺が大好きなのだが、柳家のベテラン師匠が掛けるイメージ。
この人、と言うと入船亭扇遊師。
へえ、こんな噺やるんだと思う。トリネタでもなく。
だが、軽さを重視するベテラン師匠たちよりも朝枝さんはずっと重厚に演じ、見事なデキでありました。

柳家のどの師匠に教わったにせよ、原型はとどめていないだろう。こんな重厚な夢の酒は知らないもの。
兄弟子、一之輔のように噺を解体する人ならわかるのだが、朝枝さんはベクトルが真逆である。
先人が軽くやることに努めてきた(なにせ元が小噺だ)噺を、超本格落語に変えている。しかも、人情噺の風味まで加えて。
こんなことする人、他にいる?
創作力のとても高い人と再認識。

ギャグで笑わせる方法論は一切採らない。
噺そのものに深く没入し、登場人物の心理の掘り下げと、噛み合わないやり取りで笑わせる。

大好きな夢の酒という噺、欠点もしばしば感じる。
いや、軽くやりたいテーマがあるからだと、ベテラン師匠方を擁護もしたいけれど。
たとえば若旦那、あんたバカじゃねえのという。
なにをそんなに、嫁にペラペラ色っぽい夢を話すんだよと。お花が聴きたがっている前提だけでは、ちょっと理解できないぐらい口が軽い。
そら怒るだろう、普通。

でも朝枝さんは、どこまでもじっくり迫る。
若旦那は、喋ったら大変だなと思いつつ、ぽつりぽつり語っているうち(劇中落語のようだ)に、夢を再現してとても楽しくなるらしい。
嫁に悪い気持ちもありつつ、ついすらすら喋ってしまうのだ。夢なんだから許してよねという甘えで。

健気なお花の悋気に、人情を感じ、ちょっとホロリとしたのは私だけではあるまい。
いい奥さんなんだから、若旦那にも、大事にすることを強く希望します。

そして、昼寝をしない大旦那が、なぜかお花に言いくるめられて昼寝をする。
朝枝さんは、「人生初の昼寝」とばかりに大げさには描かない。ただ、大旦那の習慣にはないということだ。
お花からの説得も、またじっくり行われる。
軽さがモットーの夢の酒は、ここでぐずぐず時間を掛けない。
だが、この人はまたしてもたっぷりと。
途中からは、お花の語りは省略され、大旦那がひとりで相槌を打ち出す。これは普通の演出。
だが、ひとり語りの大旦那、どんどんお花に説き伏せられていくのだった。
最後はもう、可愛い嫁のためのというより、しなきゃいけなくなって昼寝するというムード。
お花の粘り勝ち。

若旦那の夢を引き継いでからも、大旦那は焦らない。
いや、酒が来ないことには焦れている。そうしないと噺が進まない。でも、気持ちとしては焦らない。
このあとゆっくり女に意見を言って聞かせるつもりではいるのだ。

これだけたっぷりやるから、散々引っ張った「ヒヤでもよかった」に強い説得力がある。ああ、本当に残念だった。

朝枝さんはやっぱりすごい人。
実は、一朝一門の鬼っ子だと思う。誰もそんな評価はしないだろうけど。
師匠にも、兄弟子の誰にも似ていないんだから、ある種の鬼っ子である。

NHK新人落語大賞が取れるスタイルではなく、世にはゆっくり出ていくことになる。
そういえば、Zabu-1グランプリもまるで合っていなかった。
でも国立演芸場金賞とか獲れるんじゃないですか。

しかし気になったこともある。
強靭な足腰で、じっくりじっくり噺を進める朝枝さん。
客は固唾をのんで、制圧されてしまう。
こういう噺家が、かつてひとりいた。人間国宝柳家小三治である。
このまま小三治への道を突き進みそうだ。
それはちょっと嫌なんだよな。
多くの落語論を残した小三治だが、私からすると、正体はこう。

  • 結構あざとい(「笑わせるな」と言いつつ、笑わせに掛かる)
  • 言ってることとやってることとが結構違う
  • 客を制圧しすぎる(洗脳と言ってもいい)
  • 客を試しすぎる

朝枝さんは落語論はまだ語ってないと思うが、後半二つについては、すでに今この傾向があるかもしれない。
人間国宝と同じ方法論を完全否定するのではない。私には心配なだけ。
ただ、朝枝さんの強い気に制圧されて、とても気持ちよくはあった。ああ、これでは小三治化してもついていってしまいそうだ。

そして、若いうちから仲間を食ってしまう点も心配している。
面白古典落語は食われてしまうと1年半前に書いたのだが、むしろ本格古典が食われそうだ。
現にこの日、兄弟子の一猿さんは悪くないのに食われ気味だった気がする。こんな弟弟子がいるなんて、噺家人生の厄災だ。
竹千代さんが食われなかったのは、もちろん達者だからだが、珍しい噺と珍しい演出のためもある。

もう連雀亭には出ないのだろうが、ああいうところで、仲間を立てるスキルも持っておいたほうがいいようには思う。
とはいえ、私は追いかけていきたいですね。

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作成者: でっち定吉

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2件のコメント

  1. 朝七時代から、しっかりとした語り口がいい意味で前座っぽくないと思ってましたが、小生もお気に入りの一人です。
    ある会で、扇辰師が前に出た二ツ目直前の彼を称して「今の前座は上手いねえ」とムードたっぷりに話していたのを覚えてますが、場内は「そうだねえ」という空気に包まれてました。
    考えてみると、一之輔師や一蔵師、一花や朝枝など、一朝門下ってなかなかすごい一門になってますね。

    1. いらっしゃいませ。
      いいエピソードありがとうございます。
      私は朝枝さん、前座時代は一度聴いただけなのですが、印象が残っていません。
      二ツ目の披露目でびっくりした次第です。
      これから先も、遭遇機会はそれほどなさそうなのが残念ですが、なんとか聴いていきたい人です。
      しかしやっぱり、師匠の直接的影響はまるで感じられないのが不思議ではあります。

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