古今亭志ん松さんは2019年以来。
赤羽岩淵の大満寺というお寺での柳家花いちさんとの会を聴いたのが最後。そこで心眼を聴いた。
コロナでしばらくなかったその会が先日復活していた。行きたかったのだが、同時刻の朝枝さんの会のチケット取ってしまっていた。
神田連雀亭に出ない人はご無沙汰しがち。
今秋の新真打4人のあと、志ん松さんは二ツ目香盤の2番目。
しかし抜擢組が抜いていく。いちばん辛い立場である。
一花さんは今や飛ぶ鳥を落とす勢いですね。
見ての通り上手いですし、なによりもいつもニコニコしてます。それで上にも下にも評判いいんです。
今日も楽屋で一緒でしたが、ずっとニコニコしてます。
私、こういう人、すごく苦手で(客、爆笑)。
楽屋の私の話なんか、面白いわけないんですよ。何をそんなに笑うことありますかね。
彼女にいつか、怪しいツボ売り付けられそうな気がしてなりません。
私には、めったなことでは怒らない仏のような人を次々怒らせる才能があるんです。
市馬、雲助、今松といった師匠がたですよ。
そんな私からすると、信じられない人ですよ。
志ん松さんのボヤキにいたく共感してしまった。
一花さんはいい人に違いないが、いささかいい人過ぎるかも。
いかにも抜擢で抜いていかれる人らしい感性。
だがそういう感性を隠さず、いやらしくなく出すととても楽しいのだった。
一花さんのご主人は私と同じ一門の金原亭馬久ですよ。
この男はつまり、後輩に手を出したんですね。
顔の長い男です。前座の頃からお客さんにもモテてました。
馬久と一花の結婚はみんな祝福してましたけど、一朝師匠だけはご機嫌斜めでしたね。娘をやる心境のようです。
一花夫婦から、夫婦の噺に持っていく。
泥棒については、お客様の懐を取り込むと軽く振っておく。心張棒あたりも軽く。
泥棒が留守宅に侵入する。締め込みだ。
床下に逃げ込む場面までは、とんとんと軽快に進む。
細かい工夫がたくさんあって面白かった。
糠味噌が臭いので、「俺がかき回すか」とつぶやいてから我に返る泥棒。
湯から帰ってくるかみさんは、なんの話をしてるのかよくわからないのだが、なにか具体的なものを欲しがっているらしく、ちょっと欲が深そう。
妄想に基づきかみさんを叩き出そうとする亭主はハタから見ると笑える存在だが、志ん松さんの描き込み方だと、ごく自然にこうなる感じ。
なるほど、亭主には亭主のリクツがあるらしい。
逆襲するかみさんの啖呵。
長ゼリフにおいて、かみさんが亭主の「うんでば」を再現するあたりは、かみさんが語っているのに見事なまでに亭主のセリフである。
なるほど、落語というものには「誰が喋っている」のかを意図的に混乱させるところがあり、これが面白い。
後半もまたトントンと進む。
志ん松さんの唯一の欠点は、セリフを早回しにして高揚感を与えることを狙ってるのに、セリフが明瞭でなくなることかな。これはもったいない。
じゃあ、ゆっくり喋ればいいのか。そういうものでもないのでしょう。
仲入り休憩があった。
押しつけがましくない、今後の会の予定告知も。
この会は固定メンバーでやっているが、三遊亭わん丈さんが抜擢で抜けるので、柳家小ふねさんが仲間入り。
今度はこの、怪しい人を目当てに来ますよ。
トリはまた一花さん。
改めまして、ツボを売りつけそうな一花です。
夫も同業者なのでたまにセットで呼んでもらい、リレー落語なんて披露することもあります。
リレー落語でよくあるのがおせつ徳三郎ですね。
先日、私が花見小僧を、馬久アニさんが刀屋を掛けました。
せっかくだから今日やろうかなと思って準備してたんですが、ネタ帳みたら先月、わん丈アニさんがおせつ徳三郎やったばかりでした。
リレー落語では、子別れもやりました。馬久アニさんが前半(強飯の女郎買い)をやって、私が後半(子は鎹)を掛けました。
終わった後で家族会議があって馬久アニさんが言うには、「このリレーは俺が損だ。悪い奴すぎる」とのことで、封印されました。
今日はその「子は鎹」をやります。
とはいうものの、珍品好きの馬久さんにとって子別れの前半「強飯の女郎買い」は最適の噺ではなかったろうか。
聴いてみたいな。
花見小僧と違うのは、前半だけでは終われないところ。
そんな背景があって、ネタ帳に書く演題が「子は鎹」になるのでしょうか。
子別れは間違いなく人気の人情噺である。
私も決して嫌いじゃない。だが、よくよく観察してみると非常にいやらしい噺でもある。
いいかみさんをほったらかして吉原の女郎を連れ込んだ男が、その後どんなに後悔したところで、許せますか?
男のご都合主義の塊である。
スカッと系の仕事を手掛けて女性に喜んでもらっている私からすると、熊さんこそ最大の復讐すべき相手なのだ。
実はそんなハンディを抱えた噺を、派手なところなく淡々と語り込む一花さん。そんなに淡い語りではないが、深入りは注意深く避ける。
親子の久々の対面を、演者が無になって語る。これが上手い。
なにせ押しつけがましさがないから、自然と泣けてくる。
男の噺を普通に語れる一花さん、女性の登場人物が出てきたときは、自分が女性であることに頼らずに改めて作り込んでいるという印象を持っている。
だが、このおかみさんだけは本人を投影させている。そんな気がした。もちろん、どこまでが本人かなんてわからないで言っているのだけど。
おかみさんは強い。泣き言は言わない。
別に熊さんが馬久だなんてことではない。
一花さん自身がこの噺のおかみさんに対して思うなにかを、自然と投影しているように見えた。
「お酒が悪いんだ。それさえなければ腕もあるしいい人なんだ」というおっかさんの語りに、一花さん本人が納得した感性がにじみ出る。
いいじゃないか勘違いでも。
実にいい一席でした。
ギャグも最後までしっかり入れてるのだけど、私はもうグッと来すぎて、笑いのほうには戻れませんでした。
坊ちゃんを殴った相手は「松尾さんの坊ちゃん」だそうだ。前の席の客から笑い声。
オーナーの名前なんでしょうかね。
松尾さんには仕事をもらってるから我慢おし。