桂鷹治「青菜」

ある平日、予想外に家から解放されたので、昼過ぎてから思いついて夜席を探し、小さなお店の落語会へ。
翌日にアップする前提でもって、始まる前にいろいろおもしろムダ話も書きあげていた。
本当に面白いかどうかは別にして、それも全部ボツ。

3人の演者のうち、2人は素晴らしいデキだったのである。
なのに1人が。
4年前に連雀亭で聴いて、どうもピンと来ない人だなと思ってはいた。
だが記憶といえばそれだけだし、今回顔付けされていることはさほど悪いほうに考えていなかった。
これがもう、残念な一席で。

ガラスのハートを持つ私は、時としてひどい高座のおかげでしばらく立ち直れないことがある。
今回はそこまでひどかったわけではないが、客観的に判断してもよくはない。
お店の人に「あ、このお客さんいきなり笑わなくなった」って、気を遣われてそうな気がしてならない。なにしろ客は5人だけだから。
というか、お店にそんな気を遣わせるオレって、と気を遣う。だからといって、無理に笑ったりはできるはずもなく。
仲入り休憩を挟んでさらにトークコーナーがあるとのことだったが、逃げるように帰ってきてしまった。
つ離れしていない席で、この行為も演者に悪いなと思う。
でも、相性が完全に逸れた人の交じるトークコーナーなんてもう、義務的に聴けやしない。

なんだあの登場人物の「含み笑い」は。ハッキリ人物を描いてほしい。
含み笑いの棟梁と含み笑いの与太郎、それに含み笑いの大家が闘う大工調べ。
そりゃまあ、いろいろな方法論はある。それに、くっきりと人物を描き分けようとする人に限って、ただの過剰演技であってつまらなかったりして。
でも、基本がなってない人の変な方法論はとてもイヤ。
この演者も苦労人なのは知ってる。でも現状は、客のほうが苦労するじゃないか。

ともかく、よかった演者について触れたいのだ。時期も場所もぼやかして書きます。
忘れないよう、しばらく前にほぼ書き上げてはいた。

すでにファンと言っていい、桂鷹治さん。
珍品の多い人だが、この日はスタンダード演目の「青菜」。
前半を笑いなしで客をぐっと引き付け、圧倒されてしまった。クスグリなんて「ご懲役」ぐらい。
これは柳家あたりの超ベテランの手法だ。五代目小さんも思い出した。
でも、決して老成という感じではない。
開演時のトークコーナーでも、落ち着きぶりを揶揄されていた鷹治さんだが、決して若々しさを犠牲にしている芸ではない。
そういう意味では師匠・文治に似ているかも。でも、文治師はもっとずっと笑いを入れてくる。
笑いを全部抜いて、なお余りある鷹治さん。

サボりを旦那に見つけられたことに対する言い訳のセリフはあるが、帰る際の自己釈明はない。こういうのも好き。
かみさんを押し入れに入れるくだりも、アクセントがほとんどない。実に自然。
どうして自然に押し入れに入れられるのか。人間関係以前に、演者の語りが自然だからだと思う。
劇的な工夫もいくつかある。もっとも、いずれもひっそりと出す。
お屋敷の奥様が、酒と菜と、二度登場する。二度出ることで、菜のくだりの唐突さを和らげている。
大工が湯に誘いにやってくる際、「あんた」と呼びかける植木屋。「あんた、ご酒をお上がりか」。
そして、もう少し話が煮詰まってから「時に植木屋さん」を出す。なんと効果的。
よっぱど噺を研究したのであろうなあ。

植木屋と大工の会話も、あえて記号的にしている。
菜が嫌いな大工に、植木屋はさっさと取引を持ち掛ける。出さないから言えと。
人間関係に余計なアクセントを付けない方法論だ。

かみさん、汗びっしょり、意識朦朧で押し入れから出てくる。
ここが笑いのハイライトではあるが、しかしこのシーンのために前半を我慢したという感じに映らない。
もう、表面的な笑いなど超越した一席でした。
珍品を好む鷹治さん、スタンダードな一席は本当に細かい、表に出さないテクニックによりブラッシュアップする。
また好きになった。

鷹治さんはコロナに掛かったらしい。この時期のコロナはもう、なんでもなかったと。
それから芸協カデンツァの余一会でトリを取った噺(たがや)。

もうひとりよかった人についても書きたいのだけど、生々しくなるので省略します。
この人は以前も、ご本人はよかったのにもう一人のデキの悪さでブログに載せなかったことがあるなあ。
いい男です。

作成者: でっち定吉

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