2023NHK新人落語大賞のいろいろ(上)柳家吉緑の魅力

 

昨日の速報に続いて、NHK新人落語大賞の録画を観返していろいろと。

番組冒頭で気づいたが、吉弥師の声は大吉先生によく似てますね。
最初に5人引きで映しているのは、一番小さい一花さんを中心にして、背の順のようだ。上手にいる吉緑さんは、大男。

生放送になっても、ひとりの演者に対し審査コメントは2人程度。
収録時代は、全員に喋らせていてカットしているのだと思っていたが、もともとこの方式なのだろうか?

春風亭一花「四段目」

昨日もちょっと書いたが、改めて春風亭一花さんから振り返る。
声もいいしリズムもいいし、審査の論評どおり定吉はかわいいし、いいのだけどなあ。
本寸法はいいとして、なんだか古典芸能鑑賞会みたいな感じが漂うではないか。
番組の一発目向きでなかったのは確かだが、後の出番でも結果は大差なかったろう。
東京開催の来年、ぜひ再度勝ち抜いて「祇園会」で勝ってください。

柳家吉緑「置泥」

柳家吉緑さんは、「羽織を美しく脱ぐのが今日の目標」のマクラはそこそこ。
演題は「置泥」だったが、これはもっぱら芸術協会で言う。「置き泥」と書くことが多いか。
吉緑さんの所属する落語協会では、ほぼ「夏泥」。
だが、刈り込んで夏の要素を抜いた結果、置泥がいいと思ったんでしょう。

吉緑さんは、最後に聴いたのが1年半ほど前。
日ごろ神田連雀亭あたりで聴いていて、大当たりのときと、普通のときがあった印象。
今回の置泥、もう大当たりのさらに上を行っていた。
本編始まって間もなく、この人優勝と確信したのは昨日書いた通り。
おめでとう、これで改めて真打抜擢だなんて先取りして思っていた。

吉緑さんの夏泥は、2018年にらくごカフェで聴いている。この際、この才人を初めて聴いたのだった。
面白かったのだが、マクラが面白過ぎたと書き残している。
そしてわずかに本編の内容について書き残していたのが、こうだった。

§

裸で寝ている大工と、間抜け泥棒との力関係が、一瞬で逆転する場面がよくわかる。その描写が上手い。
まったくブレない肝の据わった大工。
途中で泥棒に帰られたらおしまいなのに、人間心理を知り尽くしている大工は骨までしゃぶってしまう。

§

デキはいいとして、当時はごく普通の夏泥だったみたい。
だが今回のもの、骨格が根本から違う。作り替えたのだ。
従来のものより、そして落語協会でよく聴くものよりも上を行っている。
こんなところがすばらしい。

  • 貧乏大工が、泥棒を上手いこと騙してやった感が漂わない
  • 泥棒は、大工にビビってはいない(わりと善意で出している)
  • 大工は、来てくれて本当によかったと思っている

東京落語界に、こんな骨格の夏泥はないです。
逆に、いいものを聴いてもどこか紋切型で陳腐な感が漂うのである。
クスグリもそうで、価値観の逆転が背景として確立しているがゆえに陳腐なものが多い。いっぽう吉緑さんのクスグリは、ドラスティックではないけど、心理が乗っかっているからとても楽しい。
どうしてこんなものができたか。双方の心理に徹底して入り込んでいったのでしょう。
ただ、これがゆえに優勝まで行かなかったのかなという気もするのだ。
心理が今一つわかりにくいという論評もあったのでは。

そして、口調がなぜか柳家はん治師。はん治師から教わるイメージなどない噺だが。
吉緑さん自身が、はん治師を意識した声であることは間違いないし、4年前にこんな声を出していた覚えはない。
面白いよね、この声。

審査の馬生師が、「古典落語だからおでこ出せ」と。そして短刀の持ち方を指摘(扇子の上下)。
まあ、これはかなり評価していることがわかる。最後「よござんした」がいいね。
5番目の三実さんに、文珍師がギャグでおでこ出せと言ってたが、よく考えたら馬生師は「古典落語は」と付けている。

春風亭昇羊「紙入れ」

なんで一部の若手は紙入れをやたらやりたがるのかね。
番組最後に馬生師が、若いうちからやりすぎるもんじゃないと言っていたのは、私にはわかる。
色っぽい噺なら、明烏と宮戸川があるのに。
どうも紙入れはドロドロしてて。

最近聴いてない昇羊さんだが、まだ桃太郎師のマクラやってたんだなと思った。
でも「毛ガニ」はオチがわかるよなと。

眉毛占いは面白い。
おかみさんが、新吉を旦那に紹介したという設定も斬新。義理があるわけだ。
おかみさんがお酒をわざとこぼすのも、実にいやらしくていいと思う。

最大のポイントは、「見られたのか」の後、じっくり間をおいて「見られてはなさそうです」。
すでにこの前、「なにかあったのか」「ありましたか」のやり取りがあった。
ああ、いつもの不毛な、不自然なやり取りが続くのかと思って先取りしてうんざりしたところを裏切られたのは新鮮。
そして、かみさんが胸元からこっそり紙入れを出すという。これは三遊亭あら馬さんがやっていたので、芸協にルーツがあるようである。
主観的には吉緑さんが上だと思ったが、客観的にはこれは評価されるな、優勝まであるなとこの時点で思った。
いっぽうで、裏切りが効果的ということは、マニアには受けても初心者にはよくわかりにくいのではないかと。
審査員自身はマニアだとして、審査員に寄ってきてるなと思って嫌がる人もいるかも。
結局、新作の一門の古典なのだ。兄弟子たちもそうだが、噺を動かす。それが功を奏することもある。

続きます。

 
 

 

作成者: でっち定吉

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