池袋演芸場29(下・柳家蝠丸「叩き蟹」)

和牛解散により1日空きました。一昨日の続きに戻ります。

前座さん(立川幸路さんかな)が、開いたふすまを元に戻す。そして、ドラえもんクッションを高座に置く。
三遊亭とん馬師。
登場の順番は一度忘れる主義にしているのだが、本来はヒザ前。
柳橋さんが遅れてますので順番替わりますとのこと。あの人は古河在住なのでだって。

ヒザが悪いが、それでもだいぶ良くなりましたとのこと。
「とんばです。別の読み方しないように」もない。池袋では作法が違うようだ。
九官鳥小噺。松鶴で有名な部分だけで、「ヤメテクレ」はない。
人力と酔っ払いを振って、替り目。ネタ帳には「代り目」と書かれているかもしれない。
以前も聴いた演目だが、実にくつろいで聴けるいい噺。ただし元帳までで、後半はない。
とん馬師の場合、玄関は亭主が自分で叩く。

ネタを終えて、一席踊りますのでと。ただし、かっぽれみたいな激しいのはできない。
住吉おどりで出す踊りだそうで。
そういえば、夏の浅草住吉おどり、落語協会の席なのにとん馬師など芸協の噺家がずいぶん出ていた。来年は行きたいものだ。

柳橋師は金明竹。与太郎という名前の人はいないので、やりやすいですとのこと。
登場人物の感情の上げ下げが少ない、好きなタイプ。
私は金明竹の言いたてをそらんじているが、私の覚えたものとは若干違う。

「備前長船住則光」ではなく、「並びに備前長船の則光」。
「横谷宗珉四分一ごしらえ小柄付きの脇差」でなく、「四分一ごしらえ横谷宗珉小柄付きの脇差」(だったかな?)。
タガヤサンではなく古タガヤ。
「自在は黄檗山金明竹、寸胴の花活けには」ではなく、「次はのんこの茶碗、黄檗山金明竹、寸胴切りの花活けには」

最近、バージョンの違う言いたてを全部そらんじたいというつまらんことを考えている。すでに、寿限無では成功しつつある。

鏡味正二郎師匠の太神楽はほぼ寝てしまった。

トリは柳家蝠丸師。
2年前と4年前に聴いた「徂徠豆腐」でないことのみ祈る。季節は同じなんで、被ったらもう仕方ないけど。

名人の話。師匠・先代文治を説明したりなど。
左甚五郎を振る。幸い、徂徠豆腐ではない。
甚五郎らしい人が、江戸の街で万引きの少年を眺めている。

脱線するけども先日、なんのテレビだったか、男性ナレーターが「ジン」にアクセントを置いて甚五郎を発声していた。
平板ですので。
あと、この日の二ツ目さん「銀治」は平板なほうが雰囲気あると思うのだが、師匠に合わせ冒頭高のようである。
もっとも、総帥たる文治は平板に読むという不思議。

万引きの舞台は餅屋。
店の主人は、「情は人のためならず」だから御番所に突き出すんだと。
甚五郎、ことわざの正しい意味については語らない。

名前は出ていないが、甚五郎が店の主人を見咎めて、盗みのいわれを訊く。
少年は、大工の父親が落ちて負傷し、傷口が化膿して寝たきりになってしまった。
母親はもとより寝ついている。
子供の一番上である自分ががんばって家計を支えているが、餅を父母に食わせてやりたいとつい思ってしまったという。
飄々とした甚五郎、主人に許してやんなさいと。
あたしは火付けが趣味で、田舎でもやってきたところだと、別に悪いことをしていない主人を脅す。
このトボけた感じ、蝠丸師匠でないと出せまい。

少年に餅を食わせてやる甚五郎だが、懐に手をやると、財布がない。
あ、盗られた。いや、よく思い出してみると故郷を出てきたときに持っていなかった。
ふざけた甚五郎は、お代のカタに木屑を集めて蟹を彫る。
なんだこの貧相な蟹は。子供だってもう少しましなもんを彫るぞ。
ぶつぶつ言ってる亭主を尻目に、蟹を渡して堂々去っていく甚五郎。
いまいましい、こんな蟹、壊しちまえと主人が蟹の頭をひっぱたくと、蟹が歩き出した。

という、どこかで聴いた感たっぷりの噺。ちなみにサゲもまた「ねずみ」っぽい。
ようやくタイトルを思い出した。甚五郎ものの珍品、叩き蟹である。
以前、亡くなった三遊亭圓窓が日本の話芸で出していた。そこから来ているので間違いない。
蝠丸師は結構圓窓に噺を教わったみたいで、日本の話芸で出した「田能久」もそうだった。

甚五郎の噺なんて、「ねずみ」「竹の水仙」「三井の大黒」しかないのである。普通には。
喬太郎師が講談から移植した「偽甚五郎」、好の助師が浪曲から移植した「千人坊主」なんてのもあるが、定着してはいない。
だが、蝠丸師からは以前「奥山の首」も聴いた。どれだけ珍品をお持ちなのやら。

叩き蟹のストーリー自体は一本道。
蟹のおかげでお店は大繁盛。店の主人は反省し、万引少年を雇うことにする。
少年は仕事も覚えて役立つようになった。父母も徐々に回復している。
そして2年経って、フラッと餅屋を訪れる甚五郎。正体はもうバレている。
ここで初めて、こどわざの正しい意味を説明する甚五郎。
主人は、少年に情けをかけてやった。それが巡り巡ってお前さんの店を大きくしたんだ。
甚五郎もまた、情けを掛けたのが、自分に返ってくるんだと。

蝠丸師のすっとぼけた語りから、人情が噴き出てくる。
しかしながら、どこまでいっても物語は緩く軽いまま。このコントラストがたまらないのです。
ふざけたギャグも適度に入っている。
ひとつの総合話芸の頂点である。

初日に来て大満足でありました。

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作成者: でっち定吉

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