隅田川馬石独演会@棕櫚亭(下・「井戸の茶碗」)

ここ棕櫚亭、トイレの水が溜まりづらいらしく、仲入り休憩は必然的に長くなる。
外ではコーヒーのサービス。ありがたい。
開演前に諸注意があったが、注意虚しくスマホの大きなバイブ音が、鮑のしの最中に鳴っていた。
バイブも時に響くもので、油断しちゃいけません。

仲入り後は黒紋付に着替えている馬石師。
くず屋の話をし出す。ということは、井戸の茶碗か。らくだじゃ、くず屋の説明してる暇ないし。
馬石師の井戸茶は初めて。
豆屋がよかったので、らくだの暴力性をどう扱うのか聴いてみたい。

井戸の茶碗というのは、だいたいにおいて「いい話」。
ただ、いい話から一歩先に行こうとすると、とても難しい気がする。
普通にやればいい話。だが一歩先に行こうと工夫を入れたがると世界が崩れる、そんな危うさも漂うのではないだろうか。
話を壊さず工夫しようとするとなると、くず屋の右往左往ぶりを楽しく描くことになる。
だが、そんな工夫だって知れていると思う。
そんな難易度高い噺に対する馬石師のアプローチは、他に類のないものであった。
全部穏やかな工夫なんで、うっかりするとスルーしてしまいかねないが。
こんなもの。

  • 浪人の千代田卜斎とくず屋清兵衛は、かねてからの知り合い
  • 20文で引き取った仏さまは、細川屋敷でもってすぐ売れる。値段が決められないので、買い手が60文と値をつける
  • 仏像ピックアップはざる引き上げ方式(外へ出ると時間がかかるから)
  • 高木さまは佐久左衛門でなく、佐久ナントカだった
  • 高木さまの中間は、50両返すことに異を唱えたりしない
  • 清兵衛は風邪で寝込んでいない
  • 面体改めのくだりは、そんなにくず屋たちをボロクソには言わない。ただ、「それ以上黒くなると裏表がわからんようになるから気をつけろ」
  • 高木さまにみつかった清兵衛、仏像の仕入れ値をポロッと話してしまうが、鷹揚な高木さまは儲けたことについて苦情など言わない
  • 千代田さまが50両を受け取らないのに武士の意地はあまり見られない。天が高木さまを選んだのだと説明している
  • 刀に掛けても受け取らすなどという物騒なやり取りは薄め
  • 行ったり来たり、困った清兵衛を見かねた千代田さまの大家と、清兵衛との会話が入っている
  • 井戸の茶碗の代金半額150両を支度金として受け取るにあたり、千代田さまは娘の意向を確認している

くず屋清兵衛と千代田さまが知り合いというのは、考えてみたらそのほうが自然。
千代田さまは常日頃からくず屋の世話になっているのだ。
清兵衛が寝込んでいないのも斬新だが、面体改めの噂はあっという間に清正公界隈で広まっているのだから、時間を掛ける必要などないわけだ。
以前から疑問に思っているこの噺の演出が、高木さまが面体改めにおいて、屑屋たちにひどいことを言いすぎること。
そういうのが面白い時代ではないが、言わないのもつまらない。
馬石師は、「これ以上顔が黒くなったら大変」と言わせている。つまり、まだ煙を吐きながら歩かないと前後がわからないほどひどい顔ではないのだ。
「長い顔」を出さないのもわかる。長い顔はすでに変な顔だもの。
こういう、ちょっとした工夫に痺れるのである。
古典落語専門の人も、常にこうやって噺を深掘りして、疑問点を解消する作業を欠かさない。

千代田さまの娘を嫁がせるにあたり、本人に確認しているのが現代風。
もっとも浪人ふぜい、当時だってそのぐらいしたに違いないけど。
娘は父上の仰せのままにと従っている。

馬石師が井戸の茶碗において最も注力したくだりは、架空の仇討ちだった。
この話がやたらリアルでもって、くず屋一同身を乗り出して聞いている。そうなると、我々落語の客もハラハラしながら聞くことになる。
まさに話芸のマジック。千早ふると同じ。
我々は、先刻ウソ話だと知ってるはずなんだけどねー。

人のよさがあらゆる部分から噴き出す、楽しい一席でありました。
穏やかで女性の人気も高い馬石師だが、その話芸は似た路線の噺家を、二三人まとめて斃して行ってしまう破壊力。
結構恐ろしい人である。

ちなみに、終演後は茶話会。馬石師を囲んでお茶を飲めるという。
そういうものには参加せず、余韻を味わいながら帰途につきました。

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作成者: でっち定吉

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