隅田川馬石独演会@棕櫚亭(中・「鮑のし」フルVer.)

主役の馬石師登場。
先の市若さんを評して、「いいですね。『二ツ目』って感じで」。
みんな前座の頃はおとなしく落語をするんですよ。あまり派手なことやっちゃいけませんしね。
その分二ツ目になると弾けます。あんな感じです。
隅田川馬石と申します。師匠は五街道雲助です。
雲助の師匠が金原亭馬生で、その師匠というか父が、古今亭志ん生ですね。
私が噺家になった際はもう、馬生師匠は他界されてました。思い出というと志ん朝師匠ですね。

今日まで寄席は、初席ですね。この次は二之席といいます。
歌舞伎のほうは、正月興行ですから1月いっぱいお正月飾りを出してますけど、われわれのほうは下席になると普通の席になります。
正月になると、前座さんにお年玉を出します。お年玉と、手ぬぐいを渡します。
二ツ目さんも、こないだまでもらうほうだと思ってたら、すぐ渡すほうに替わります。
二ツ目昇進に、11月なんて時季があります。これは大変ですよ。二ツ目に昇進したとたんに、お年玉渡さないといけないんです。

私は前座4年やってますけども、志ん朝からも毎年手ぬぐいをもらいました。私の宝です。今日はその手ぬぐいを使ってます。
こないだ高座でそんな話をしたら、お客さんが「ください」って。いやですよ。
今ではネット社会になって、もらった手ぬぐいを出品したりすればすぐ足がつきますけど、ちょっと前まではもらった手ぬぐいをプレゼントに使うなんてことはよくありました。
落語会で、抽選で当たる商品にしようというんですね。二ツ目のアニさんに、いっぱい持ってるだろ、いくつか持ってこいなんて言われたもんです。
なにしろ、部屋の中は手ぬぐいでいっぱいなんです。毎年増えます。
でも持っていっても、手ぬぐいよりお客さんの方が少なかったりなんかして。
あと、大きな声では言えませんけど、手ぬぐいもらっても「誰だよ」なんて人もいますよね。タダで配ってもお客さんにもらってもらえなかったりなんかして。
こういうことが師匠にバレたら叱られるかというと、そうでもないんです。自分たちもやってましたから。

馬石師の語りは、タメが多いのにも関わらず、わざとらしい感が皆無。聴いていてとても心地いい。
日常会話に用いる語りではないのに、不自然さがない。こんな口調の人はいない。
すっかりあったまったところで、本編は鮑のし。
「隅田川馬石 鮑のし」で検索すると1位は私の記事。鈴本の仲入りであったが、この際はあわびを大家に持っていって「1円ください」でサゲていた。
時間のある今回はフルバージョン(冒頭、すでにお隣から50銭は借りている)。
魚屋に焚き付けられて、「のしのぽんぽん」啖呵も入れる。ふんどし締めてないからケツはまくれない。

馬石師の描く甚兵衛さんは、もうたまらない。
甚兵衛さんと与太郎と、馬石師の場合それほど違いがない。ひとつ違うのは、甚兵衛さんは自分自身この世界で欠落の多い存在であることをよくわかっている点。
欠落を認識しているので、甚兵衛さんは常に無理をしない。「お嫁ごさま」が「およよよよ」としか言えなくても無理はしない。
かみさんも無理をしない。口上はだから、覚えられないのがわかっている。「察してもらいなさい」と優しく送り出す。

口上の所要時間は、たぶん馬石師の甚兵衛さんが最も長いと思う。
それにしては、全然もたついた感がないからすごい。甚兵衛さん自身は極めてもたついてるのだけど、噺としては非常にスムーズ。
今回、甚兵衛さんの新たな魅力を見出した。
甚兵衛さんほどすごくない一応は大人の我々も、生きていてなにかしら困難に立ち向かわなければならないことはある。
人の持つ能力の程度により、タスクの困難の程度はさまざまだが、とにかく困難な状況に挑んでいる甚兵衛さんの行動に、なんだか同調してくるのであった。

大家は、びっくりするほど怒らない。鮑のしで、これだけ怒らない大家がいたろうか。
磯の鮑の片思い、縁起が悪いものだから悪いけど受け取れないと伝えるだけ。おとといきやがれ的な人ではない。
甚兵衛さんの方は魚屋に焚き付けられて怒りモード(あくまで、モード)で迫ってくるが、だからといって大家がその態度に腹を立てることもない。
とにかく平和な世界がここにある。

では人情噺っぽいのかというと、全然違う。詰まった観客、爆笑の渦。疲れない爆笑。
たまらない一席でありました。

トリのもう一席、井戸の茶碗に続きます

 
 

作成者: でっち定吉

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