花いちの真観笑地帯(下・蔵出し3連発)

最初の一席、唯一ネタおろしらしい「大関口上」は軽くていい感じ。
あとは蔵出しのはず。

三年予約のお店

予約の取れない寿司屋で、なぜか男の客が苦しみながら食べている。
3年待って予約を取ったのに、男は期待が高すぎ、しばらく粗食に甘んじた結果口中に口内炎を3つ発症してしまったのだ。
せっかくのイクラも、口内炎に沁みて地獄の苦しみ。
見かねた大将が今日はやめておいたらいかがですかと。
でも3年待ったのに。
3年後にまた来てください。
しかし3年後も6年後も、大将の寿司は食べられない男。

非常に面白かった。
久々に、サゲで客が沸いた落語を聴いた。サゲで沸いたなんてのは、扇辰師の「蕎麦の隠居」以来。
すぐネタバレになるので書けることがないな。このデキで、なんでお蔵入りしていたのだろう?
「繰り返しの不幸」が客の共感を呼ぶ。

仲入り休憩のあとも、続けて2席あった。
いずれも短い噺という予告。

夜のお出掛け

年配女性がお友達から、さだまさしのコンサートに誘われる。約束していた人が行けなくなってしまい、1枚余っているのだ。
最初は乗り気だった女性だが、だんだんトーンが下がってくる。
だって夜でしょ。夜は出かけられない。
夜ご飯を食べる時間も決まってるし。
そんなこと言わないで行きましょうよ。ご飯はコンサートの前にうどんでも食べたらいいじゃない。
しかし、お昼はお昼で犬の散歩がある。
朝と昼と、規則正しい時間に散歩をしているのだ。いつもより昼の散歩を1時間早くしたら、犬は1日3回連れてってもらえると思うに違いない。
実にハードルの高い、夜のお出かけ。
別に、断る名目に理由を持ってくるわけではないのだ。そのことは、早い段階でわかっている。
しかし規則正しい生活、というか縛られた生活においては、夜は本当に大変なのだ。
お友達も、すべての障害にアドバイスをしてくれるのだが。

後で語っていたところによると、花いち師のお母さんがさだまさし好きだそうで。
これ、介護やら子供やら、なにもしないダンナやら、いろんなものに縛られている女性にはいたく共感されたであろう。
女性に人気の花いち師の秘訣がうかがえる見事な一席。
ちなみに男の私だって、多少は家族に縛られている。だから夜席には来づらい。

最終的には、ダンナにはコンビニ弁当をあてがっておくことにして、そしてそれにはさほどの躊躇もなく、ようやく出かけられる。
その結果、女性はさだまさしのおっかけになってしまう。
作者である花いち師がどこまで狙ったかはわからないが、女性の解放を描いた作品になっているのだった。

私の日ごろの主張は、「新作落語には飛躍が必要」である。
だがこの噺に関して飛躍はそれほどでもない。ちょっと変ではあるが、日常スケッチにとどまる話。
でも、演者のゆるさもあって、ぶっ飛んだ感が湧いてくる。
日常と噺の世界との近さは、過去聴いた中では「いいからいいから」に似ているかな。
本当にちょっとした人間関係の悩みは、ある人にとってはなんでもないが、困る人も存在する。そこが落語になる。

この噺も、お蔵入りだったのであれば理由がわからない。

人生お菓子

ロビーに出ているネタ帳に、いったんトリの噺のタイトルが書かれ、上から紙が貼られて訂正されていた。
まあ、タイトルなんてなんでもいいけども。
先日初めて聴いた「宿へゴースト」でもお菓子、特にハッピーターンがフィーチャーされていたが、もっと徹底的にお菓子を取り上げたのがこれ。

舞台は駄菓子屋。男の子と女の子が、それぞれ店主であるお婆さんに人生を相談する物語。
人情噺ふう。
店主は、お菓子をたとえに人生を語る。
たけのこの里やらアポロチョコやら、とんがりコーンやら、ブルボンのシリーズやら、なにが出てきたかな。

あいにく、トリの一席なのに細かい中身をほぼ忘れてしまった。
ストーリーのある噺じゃないので、これは仕方ない。
ただ、聴いてる最中はかなり面白かった。
これもなんというか、女性の感性を拠ってできた気がする。

花いち師の新作4作、うち3作は蔵出し。実に面白かったです。
以前も書いたが、落語協会の香盤を眺めると、駒治・和泉といった師匠の下、売れてる新作派が軒並み不在である。
寄席の側も新作派が欲しいところ、花いち師がピタッとハマった気がする。もちろん実力あってのことだが。
そして花いち師の資質を見るに、女性ファンが先に見つけた感がある。

新作のニューホープ、柳家花いち。
まだ聴いていない人はぜひ。

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作成者: でっち定吉

落語好きのライターです。 ご連絡の際は、ツイッターからメッセージをお願いいたします。 https://twitter.com/detchi_sada 落語関係の仕事もお受けします。

2件のコメント

  1. 更新ご苦労様です

    演芸評論家の石井徹也先生が亡くなられたそうです。こちらのブログでも小里ん師匠との著書が紹介されていただけに残念ですよね

    石井先生の遺志を継いで演芸評論家として新しい落語評論を…というのは大げさかも知れませんが落語界の新しい風となれたら嬉しいです

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