渋谷らくご(下・入船亭扇辰「藁人形」)

十徳は隠居に八っつぁんがものを教わり、よそで披露して失敗する典型的な古典落語のひとつ。
一番似てるのが「つる」。
遊雀師もお遊びで八っつぁんに、ついでにつるのいわれを尋ねさせている。これは来月教えてくれるんだって。多分出番ないと思う。
楽しい噺なのに、頻度はつるの20分の1ぐらいじゃないか。
隠居がちゃんとしたウンチクと、適当に作った話を一緒に教えてくれるので、そのあたり消化しづらいのだろう。
しかし、芸協において新スタンダードを次々打ち立てる(熊の皮、宗論、悋気の独楽、堪忍袋)遊雀師のことだから、すでに教わった若手もきっといるはず。

朝隠居が着てた、変わった着物はなんだろう。
いつも高慢なツラしてるハチなら知ってんだろうと言われるが、八っつぁんも知らない。
なので隠居本人に訊きにいく。
あれはジットクってんだ。
名前はわかりましたけど、なんでそう言うんです?
知らない。
早くおせえてください。
知らないって言ってるだろ。

噺の弱点を、笑いをたっぷりまぶして最速で解決する。
そして、じゃあこんなのはどうだと隠居が自分で考えてくれたいわれ、八っつぁん華麗にスルーする。みんな(客)わかったよ、わからないのはお前さんだけだよ。
衣のごとく、羽織のごとく、足してじっとく。

架空のいわれのアイディア元である、両国橋と一石橋のいわれも教わって八っつぁん意気揚々と仲間のもとへ。
だがつるや新聞記事と同様、無理やり聞かせるハメになるし、そしてうろ覚え。
さらにこの噺が面白いのは、両国橋と一石橋のいわれを仲間がすでに知っていること。
「正解です」のさみしい返しがたまらん。

情けなくて泣き出す八っつぁんに、「お前もなよなよした噺やりやがって!」

いたくエッジの効いた前座噺であった。

トリは扇辰師。この師匠も今年2席め。
薫風香るいい季節だね。風薫る。
外は気持ちがいいよ。そんなときに暗い室内にお集まりいただきありがとうございます。

ネタ帳見るんだけどね、なにこの、「ザ・卓球」「ヤンママ」って。
遊雀さんは古典落語だけど、あの人降りてくるの早かったね。十徳ってねえ。
みんな後のもんに長くやらせようとするんだよ。

季節に合わせた自作の俳句を披露。さすが先代扇橋仕込み。
忘れたが、旭山動物園のペンギンの行進を詠んだもの。
ちょっと破調なんだけどね、破調っていうのは五・七・五になってないってことでね。
皆さんこういうのご存知でしょ。点数付けられる番組観てるからね。
私は出ませんけどね、志らくさんじゃないから。
笑点も出ません。今日のメンバーみんな縁がありません。
あ、わさびはたまに出てるんだっけ。

自覚なく、傷口に塩をすり込む扇辰師。あ、五・七・五になった。
ちなみに特大号のほう、昇々師もちょっと出てたけどね。

今日ね、やる気出ねえんだよ。
来る途中、アイドルのライブだかで若い子が集まっててね。
それから、手つないでるカップルがいたよ。手つなぐって言っても、こうならいいよ、こうだよ。
と、右手と左手の指を交互に重ね合わす。
そしたら、つっと角折れてったよ。ニヤニヤしてさ。
やる気出るわけないよね。

客から、「やる気出ないって」という小声が漏れるのを聞いて扇辰師。
しょせん芸人の言うこと、真に受けちゃいけません。
全部冗談なんですから。

いい季節にみなさん陽気な噺だったので、私は陰気なのをやります。
と振って、藁人形。
いや、全然いいんだけど、常に「初心者でも楽しめる」を標榜する渋谷らくごにおいて、これ?
渋谷らくご、かなりマニアックなネタも出すんだな。
本当の初心者は、寄席先に行ったほうがいいんじゃない。

藁人形、いつ聴いたっけ?
当ブログは、外部エンジンでの検索でもヒットするのが重宝だ。
2年前のばばん場で聴いていた。

このリンク先、珍しくあらすじまで書いているので、よかったらどうぞ。
聴いている最中は、どこで聴いたのかは思い出せなかった。
そんなことより、この噺は本当にディティールが細かい。

あらかじめ噺の流れが頭に入っていても、関係ない。
女郎のお熊は本当にいい女だし、お熊の書いた狂言も迫真のリアリティ。
あんないい女とひと晩過ごせるなら、20両はたいてもいい!
…そこまでは思わないけど。俺ケチだもん。

初心者はわからないが、少なくとも芸能に感度の鈍い客は来てないんじゃないかな。さすが渋谷だと。
こんな噺だと、ほんとにちょっとしたクスグリで過剰に笑う客が、池袋ですらいるもんだ。
そちらの配線は、まっとうな客の場合自然にスイッチが切れるもの。

後半、部屋にこもって西念坊主が呪いにかかるシーンも実にいい。
悪さをしでかし叩きの刑に服した甥の甚吉も、西念を心底心配している。
そして呪いは不成就となるが、ハッピーエンドとなることが予感される。

新作あり、前座噺の新スタンダードあり、そしてトドメが人情噺。
いい2時間でした。
また渋谷らくご来ます。

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作成者: でっち定吉

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