黒門亭24(下・隅田川馬石「明烏」)

犬の目という噺、それほど聴くわけじゃないのにスタイルが千差万別。
時蔵師の犬の目は、杖をついた男に往来で友達が出くわし、医者を紹介してくれる場面から始まる。これはたまに見る。
ヘボン先生の弟子のシャボン先生を訪ねていく。途中道を尋ねながら。
ここまでは非常に古典落語っぽい。医者に着いてからが一気にナンセンスワールドに突入。

シャボン先生の口調が、桃太郎師のぜんざい公社に出てくる医者っぽい。わりとぶっきらぼう。
ぶっきらぼうだが手回しはいい。
ふやけすぎたので乾かしていた目が、あっという間に隣の犬に食われてしまう。
私の好きな、犬の目がバレてるタイプ。
ところで目の玉くりぬかれる犬の心配をしてないのは初めて見た。
でも、ナンセンスの極致にすでに入っているので、それほど気の毒でもない。
とんとんと進んでスピーディなサゲが快感。
事前に、「どう腰を上げようか考えています」と語っていたので、見てしまう。
よっこらしょと腰を持ち上げ、ゆっくり去っていく時蔵師。

トリは隅田川馬石師。飄々と登場。
今日は明烏ということで。
明烏って、変わった演題ですよね。なんでこんな名前なんでしょう。
よくわからないんですよね。新内から来てるとか言いますけど。
浦里時次郎という登場人物の名前を掛けてるんですかね。

私の同期に、もう噺家辞めましたすけど三遊亭ぐん丈という人がいまして。
その後ガッポリ建設とかやってます。
ぐん丈さんの師匠は三遊亭円丈師匠で。この人は、圓生の弟子ですから古典落語に大変に厳しくて。
ぐん丈さんは、落語一切知らずに入門してきた人です。円丈師匠に、「明日までに明烏聴いておけ!」と指示されたんだそうで。
聴く気ないんですね。
翌日師匠にどうだったと聴かれて、「朝のカラスはうるさいですね」。
烈火のごとく叱られたという。
「うるさいですねって言ってやったよ!」と当人言ってましたけどね。
こんなぐん丈さんと、なかの芸能小劇場で会をやりましたよ。きく麿、百栄と私で。

ネタ出しならではのマクラに爆笑。
明烏じゃないときに出せそうな内容だが。
明烏は確かに、落語の演題っぽくない。
私もネタ記事ですがこんなもの書いてますのでよかったら。

古典落語の演題にモノ申す!

いずれ続編書こうと思ってるんですけどね。
ところでネット上に「明鳥」と書いてアップしてる人たくさんいるので気を付けましょう。
普通に検索してもわからないのだが、Xとかブログ検索の「皆声」で検索すると、トリとカラスと区別するのでバレてしまう。

吉原というのは幕府の公認でして、入口が一か所しかない、お城なんですね。だから廓と言います。
遊女三千人御免の場なんて言いまして。
男と生まれたからには女が嫌いな者はいないなんて言いますけども、思春期になるとそうでもない人もいまして。

さて、廓噺の中では圧倒的に数を聴く明烏、どう料理するのか。
ちょっと意外なぐらい、料理していない。実にストレート。
だが、圧倒的に面白い。
料理していないから、落語の好きの脳内テキストに書かれていてそれと違わないセリフがバカウケ。
若旦那が、浅草の裏っ手に馬鹿に流行るお稲荷さんがあると聞いてくる。
大旦那が「ある!」と一言発するだけで爆笑の渦。

古典の正統派を目指す二ツ目さんが目標にしつつ、やってみたら上手くいかない。そんな落語が目の前にある。
簡単ではない。
馬石師は、登場人物の感情を(穏やかに)語っている。セリフはその上に乗っているだけで。

そして、演者が登場人物の個性を強く信じている。そんな気がしてならない。
若旦那をただの子供として描いてしまうのは、私は好きじゃない。結局、演者が若旦那の面白さを信じていないからではないか。
馬石師は、若旦那を信じている。
純朴で学問好きな若旦那を、欲望渦巻く廓におっぽりこんだら、当然化学反応が起きるわけである。
なにも演者が作為を持って、ドラマを起こそうとする必要はない。
口で言うのは簡単だけど。

先日、「大吉原展」で吉原のCGを見てきたおかげで、明烏で描かれる見返り柳に大門がちょっと立体的になったのは幸い。
徒歩で行く明烏には関係ないが、船で乗り付けたときの土手八丁や、蔵前駕籠のように駕籠で乗り付ける際のイメージも深くなった。

合流して出かける際に、若旦那がたんまりカネを持たされていて、札付き2人がしめたとほくそ笑むくだりがあった。
これは珍しめかな。ただ馬石師としては、感情を描きたかったんじゃないかと。
ただ、ストーリーの都合もありそう。若旦那が先に帰っちゃったら、費用はどうなるんだと。

大門くぐってからも、珍しい展開や入れごとなどひとつもないが、ぐっと引き付けられてやまない。
明烏みたいなよく出る話は、演者が脳内テキストをなぞってくれることで快感が生じたりする。
馬石師の場合、ちょっと違う。
やはりセリフでなくて、抑えた感情がすべてを支配している。
抑えたというのは、若旦那に手を焼く札付き2人も、ギリギリまで若旦那に楽しんでもらおうとは思ってるのである。
ただ翌日あまりにもモテすぎてるので、よかったねと思う間もなく感情が振りきれてしまうのだが。

明け方、収まった若旦那の相手が浦里と知るふたり。「明烏だね」とちょっとメタなセリフが入る。

最後は幸せいっぱいの若旦那。こちらも幸せ。
馬石師、6月上席鈴本の夜トリ。毎日ネタ出し。
「真景累ヶ淵」「乳房榎」「双蝶々」などなど。
行きたいけども、夜席は難しい。

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作成者: でっち定吉

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