古典落語の演題にモノ申す!

「こんばんは。教養としての落語講座です。講師の先生は落語評論家のDH定吉先生です。先生よろしくお願いします」

「よろしくお願いします。DH定吉です」

「先生のお名前の由来をまだお伺いしておりませんでした。なかなか珍しいお名前ですけれども、どのような言われがおありでしょう」

「指名打者ですね」

「はあ、野球の指名打者ですか。それがなぜ落語評論とこう、結びつくのでしょうか」

「打撃の職人ということですね。Dは打撃の打、Hは本塁打です」

「ええと、指名打者が由来ということで。今日は古典落語の演題についてということですけども。演題、つまり噺の名前、タイトルですね」

「ええ、落語の演題というものは、だいたいけしからんのです。デタラメにもほどがある! ドン」

「あ、先生、机は叩かないでください。けしからんということですけども、具体的にはどのような演題が挙げられますでしょうか」

「ええ、たとえば、『明烏』ですね」

「ほう、明烏。廓噺の代表とされる名作ですね。先生、あけがらすという演題にどのような問題があるのでしょうか」

「ウブな若旦那が騙されて吉原に連れてこられますな」

「はい、堅物の若旦那を、大旦那が町内のワルに頼んで、『お参り』という名目で連れ出してもらうわけですね」

「カラスなど出てこない! ドン」

「先生、この机そんなに丈夫ではないので、どうかお叩きになりませんように。確かに明烏にカラスは出てきません。これはどうやら、新内節から来ているようですが、先生はこの演題は間違っているというご認識でしょうか」

「そのとおり。落語の演題はですな、もともと符丁として発達したものなんですな。楽屋で識別できれば、似た傾向の噺が出ることを避けられますから、それでよかったんですわ」

「先生がおっしゃったのは、明烏という演題が確立していると、同じ寄席で似た噺が出てしまうのを避けられるということですね。ネタ帳を付けないでおいて、明烏の後に同じ郭噺の『お見立て』が出てしまうのはよくないわけですね」

「そのとおり。だから識別できればそれでよかったんだ。それにしても明烏という演題で、いったいなにがわかりますか! 明烏というタイトルには、合理性がない! ドン」

「ああ先生、机にヒビが。落ち着いてください。確かに明烏という噺にカラスは出ません。それでは先生は、この噺、本来の演題はどうあるべきとお考えでしょうか」

「簡単です。『若旦那、吉原大好き』です」

「え、若旦那吉原大好き? それは確かに、間違いようはありませんが、落語の演題なんですか、これ」

「いいじゃないですか、吉原大好き若旦那。なにがいけませんか」

「いえ、いけなくはないのですが、落語らしくないなというか」

「落語の演題が符丁であった以上、むしろこれが正解というべきなのです」

「はあ、なるほど。それでは他にはどんな演題が間違っていますか」

「『青菜』ですね」

「はあ、青菜。植木屋さん、菜はおあがりか、ですね。おかしいですか」

「そう、だいたい青菜とはなんですか。ほうれん草ですか、小松菜ですか、それともチンゲン菜ですか。だいたい世間において、『肉食べる?』とか、『魚食べる?』などと言ったらおかしいでしょう」

「ああ、ついに噺の展開にまでご指摘を。では、この噺はまず菜の種類を確定しなければならないということですか」

「フフ。君ねえ、私をそんなゴリゴリのお固い人間と思ってもらっちゃ困るねえ。菜の種類が確定しなくても、もっと広い、わかりやすい概念を演題に付けてやればいいんだよ」

「広い概念に基づいた演題、なんでしょう」

「『植木屋さんと夏野菜』だ」

「ええー。落語の演題で夏野菜ですかあ」

「何が間違ってる!」

「先生、目が血走っています。続いて参りましょう。どんな噺の演題が間違ってますか」

「宮戸川だな」

「宮戸川。だんだんわかってきましたが、噺に宮戸川は出てこないだろうというのが先生のご指摘ではないですか」

「そのとおり。宮戸川なんて、お花半七の馴れ初めで終わるのが99%。なのに、まず出ないその先まで行かないとわからない演題なんて、けしからん、ドン」

「ああ、もうついに机が粉々に。先生、宮戸川の演題はどうあるべきでしょうか」

「こうだ。『半ちゃん、女はいいね』」

「あの先生、なんといいますか、先ほどから先生のお付けになった新しいタイトルをお聞きしていますと、すべてこの、登場人物と事象の組み合わせでできているようですが。ひょっとしてこの、違ったら申しわけありませんが、国民的アニメ番組の副題と同じ方法論なのでは」

「正解というものは、真理に基づいている以上だいたい似てくるものだ。試しに、落語の新しいタイトルを並べてみてやる。こうだ。

『金坊、お団子食べたい』

『金坊、講釈大好き』

『珍念の借りもの』

『八っつぁんお参りに』

『八っつぁん、よいしょを学ぶ』

『新米泥棒とたけのこ』

『与太郎、かぼちゃ売る』

『幽霊のアイドル』

『清造どこまで飲めるかな』」

「うーん、確かにわかりやすい。それでは、落語の演題は今後この方式で付けるべきだと」

「もちろん、そのとおり」

「それでは、また来週。DH定吉先生は今週でお別れです。次回は広瀬和生先生がご登場です。新しい机も用意します」

作成者: でっち定吉

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2件のコメント

  1. こんなタイトルでもし演じられた日には、いったい何の演目か分かりません。勘弁してくださいw

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